BNNアーカイブ 蔓延する絶望 |
ワールドニュース [戻る] 蔓延する絶望 投稿日:2002年5月18日 全シャード アドラナス(Adranath)は、すでに湿地と化したユーの泥の中へ足を滑らせた。周囲には、脈打つような腐敗の毒気が自分自身をも貪りながら、ゆっくりと、しかし手当たり次第に生命を飲み込んで行く様子が肌で感じられた。身の毛もよだつようなその強い感覚は、自然の力を操る者にとれば、感じ取ろうと精神を集中させるまでもなく否応なく伝わってくる。その地域一帯には、重苦しい砂埃のように疫病の胞子が舞っていた。歩くと、体の周りの空気が渦巻くのが見えた。アドラナスはクレイニン(Clainin)の研究所を思い出した。そこには、何百という書類や古書が整然と書棚に並んでいたが、どれも塵ひとつ被っていなかった。 長い時間をかけて、彼はようやく目的地に到達した。そこには天を突くような瘤(こぶ)だらけの大木が、病に冒された黒い枝を四方に広げて立っていた。全体が腐った灰色の木肌に覆われ、枝のあちらこちらに口を開けた大きな虚(うろ)からは、得体の知れない緑色の光が漏れている。その根元には、ぶくぶくと泡立つ汚泥が静かに流れ、胞子嚢(ほうしのう)からは、風に乗り、ゆっくりと胞子が流れ出ていた。 アドラナス観察人は、小さな巾着袋を開くと同時に激しい咳の発作に襲われた。発作はあまりに激しく、そのまま体が動かなくなってしまうほどだった。この付近の同じ病に冒された商店主たちが、彼ほど重症に陥っていなければよいがと祈ったが、同時に、それがいかに虫の良い願いである事かをアドラナスは知っていた。 ひとつひとつ、彼は巾着袋から何かを取り出し、朽ちかけた大木の根元の、不気味な粘液を満たした穴に投げ込んだ。木はそれを貪るように吸収した。最後のひとつを袋から取り出すと、彼はそれをまじまじと見つめた。皮肉だ、と彼は思った。この災いから生まれた怪物が、その穢れた土地を癒す元になろうとは。すでに、あの怪物を一匹だって相手にできないほど力が弱くなっているアドラナスは、何匹もの怪物に対処してくれたクレイニンの力添えに感謝した。彼は手の中のそれを見つめ、静かに祈った。結果を出すために十分な数の怪物が捕まる事を。 仕上げに、彼は最後のひとつを木の穴に投げ入れ、同じように素早く吸収されてゆく様子を見守った。少しすると、木からかすかな振動が伝わってきた。木の腐敗が止まり毒気が弱まる感触が、体の内側から湧き上がってきた。目を閉じれば、今投げ入れた薬の効能を、木自身がなんとか取り込もうと戦っている様子が伺える。彼は確かな手ごたえを感じた。治療が効いたのだ。 またしても咳の発作で体の自由を奪われたアドラナスは、木から少しあとずさった。これで方針が決まった。だが、今この木に与えた薬の効果は微々たるものだ。この土地全体を完全に治療するには、相当な量の薬が必要になる。 一陣の風が沼の水面をかすめ、病んだ大木から放出される胞子が雲のように周囲に充満した。腐敗の進行は、どうにか食い止める事ができたが、治療を急がなければ、ユーは草一本生えない死の世界になってしまう。アドラナスはローブの下に手を入れ、クレイニンから預かった小さなコミュニケーションクリスタルを取り出した。それには、彼らの最後の望みを託されていた。あの言葉を遠くまで、そして素早く届ける事ができれば、手遅れになる前に、この土地を救う事ができるのだ。 6:08 2017/06/09
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by horibaka
| 2017-04-13 06:07
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