ロストランドからの手紙【1】 |
第1章 ニューコーヴ 「あんたには気の毒だったかな」 ゴトゴトと音を立ててゆっくりと進むガマン車の御者台の上で、わ たしは隣に座っている男に言った。もう何日も、わたしはこの男と 二人きりで密林の中の小道を旅していた。 「なぜ?」男が瞳のない目でわたしを見返した。 彼は人間(ヒューマン)ではなかった。その額には短い1本の突起 があり、蝙蝠のような背中の翼は畳まれていても大きかった。 「空を飛べるあんたには、陸路の旅は退屈だっただろう」 「そうでもないよ」男は荷台に載せた大きな郵便鞄に視線を投げた。 「わたしは旅が好きなんだ。だからこの仕事を選んだ」 彼はチャイカと名乗っていた。本当の名前ではなかった。ガーゴイ ル族の名前は人間には発音が難しいのだと彼は言っていた。 わたしは人の好き嫌いがないことを自負していたが、この異種族の 男を好きなるべきかどうかまだ迷っていた。彼はガーゴイルだとい うだけでなく、何かそれ以上に謎なところがあった。旅の途中、わ たしは彼が一度ならずひどい悪夢にうなされているのを聞いた。ま た彼の翼には色の違う部分があった。はじめそれはガーゴイル族の 模様なのだと思っていたが、あるときそれは火傷の跡だと気がつい た。火傷は彼の手の平にもあった。 「あなたこそ」チャイカの表情は読めなかった。「わたしと一緒で なければもっと早く着けただろうに」 ガーゴイル族の身体は構造的に馬やオスタードの騎乗には向いてい ない。人間とガーゴイルが同道しようとしたら、徒歩か、鈍足のガ マン車で行くしかない。 「旅は道連れと言うからな。旅は話し相手がいた方がいい」わたし はできるだけ何気なく言った。もともとほんの気まぐれで引き受け た一年契約の郵便配達人の仕事だ。さほど思い入れがあるわけでは ないが……。「次の町だけはちゃんと引き継いでおきたくてね」 「何か問題でも?」 二人がいま向かっているのはロストランド管区の中でも最も辺境の 入植地のひとつだった。パブアからは早馬でも十日かかるが、テラ サンキープからは徒歩で三日の距離だ。 「辺境には異種族嫌いが多くてね。ちょっと覚悟しておいてくれ」 木立が途切れて視界が開けた。そこは小高い丘の上で眼下遠くに細 い川が蛇行していた。その川の向こうに入植地の防壁が見えた。 わたしは指さして言った。「あれがニューコーヴだ」 ニューコーヴは小さな町だ。町と言っても銀行、鍛冶屋、道具屋、 兵舎と学校があるくらいで、その周囲を木製の防壁が囲っている。 その外に点在する民家や畑を囲う第二の防壁はいつ来ても建設中だ った。デルシアやパブアのような大きな町では郵便物は宅配される。 だが、ここのように小さな町では集配は町の集会所で行われた。 わたしは集まった住民たちに向かって宛名を読み上げ、のばされた 手に手紙を渡していった。手から手へ渡される手紙の中にどのよう な人生の断片が入っているのかわたしは知らない。よろこびなのか、 悲しみなのか。郵便屋は、ただそれを配達するだけだ。 「守備隊の増員を王都に申請したのが二ヶ月前だ」駐留しているガ ードの隊長が憤然として言った。「いまだに返事が来ない! 蜘蛛 族どもの活動は活発化している。大暴走(スタンピード)の兆候か もしれん。議会は開拓民の生命財産を何だと思ってるんだ」 「きっと人手不足なんだろうよ」棘のある声が言った。 「モンスに郵便配達をさせなきゃならんくらいだからな」 「アーロン」学校教師が諭すように言った。彼は待っていた手紙が 来たらしく機嫌がよかった。「テルマーは同盟国だ。いまはガーゴ イルも人間の盟友だよ」 「あいにくおれにはモンスのダチはいねえよ」あちこちで嘲るよう な笑い声があがった。「間違えて射落とされないように気をつけな」 「ではこの町に来る時は、必ず門の前で降りて歩こう」チャイカは 微塵も動じる様子はなかった。「こうして制帽を目立つように被っ ていくので、故意でなければ間違えることもないだろう」 住民たちは面白くなさそうに三々五々散っていった。 皆がいなくなった後も、いつからそこにいたのか男の子が一人残っ ていた。わたしは帰り支度をしながら言った。 「やあ、ダン。今日の郵便はもう終わりだよ」 男の子はこくりと頷いた。「八雲さん、郵便やめちゃうの?」 「うん。次からは彼が。このガーゴイルさんが郵便を運んでくるよ」 「きみへの手紙も、わたしが必ず届けよう」 チャイカはもちろん善意から言ったのだろうが、事情を知っている わたしは少し困惑した。そして同時にチャイカがこの場面をどう切 り抜けるのか興味もあった。 「ぼくには手紙は来ないんだ」ダンが言った。「他の町に知り合い はいないから。いままでいちども手紙が来たことはないんだ」 ダンはまだ幼児の頃に父親と二人でニューコーヴに来た。本土には 手紙をくれるような身内はおらず、この入植地だけが彼の知ってい る世界のすべてだった。ここの子供たちはみんなそうだった。 「それじゃ、彼と文通したらいい」チャイカはわたしを指して言っ た。わたしは驚いてチャイカの顔を見返した。 「彼はこの後は本土に帰るそうだから、少なくとも一人はきみにも 他の世界(ファセット)に知り合いが出来るわけだ」 「ブンツーって何?」 「手紙のやり取りだよ。まずきみが彼に手紙を書くんだ。その手紙 を読んで、彼からきみに返事が来る。その繰り返しだ」 「何を書くの?」 「何でもいいんだよ。身近で起きたことや、感じたり思ったことを 書けばいい。手紙は想いを伝えるものだよ」 「まだ字がよくわからないんだ」 「それではしっかり勉強しないとね」 「それはいい考えだ」わたしは笑いながら言った。「わたしのブリ タニアでの宛先は、スカラブレイの酒場でいいよ。そこに投宿して いるから」 「ダン!」眼鏡の少女が呼びに来た。「ディーナがまた森林狼を仕 留めたの。みんな学校に集まってるよ!」 男の子はうれしそうにわかった!と言うとわたしたちに手を振って 学校の方へ駆けていく子供たちに合流した。 わたしは御者台の上からチャイカに声をかけた。 「帰りは飛んでいくかね?」 「旅は道連れ」聞かれるのを待っていたかのように彼は即答した。 「帰路の道中もあなたとの会話を楽しみたい。あなたさえよければ」 わたしはこの異種族の男を好きになることにした。わたしは言った。 「それじゃ早く。乗った、乗った」 (この物語はフィクションです。登場するキャラは架空のもので、 物語の設定は実際のUOの設定には必ずしも準拠していません) |
by horibaka
| 2012-02-25 09:44
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