レクイエム【6】 |
第6章 長官 外の空き地では、メイジ評議会から派遣された魔法使いたちが、せ わしなくリコールを繰り返し、現れたり消えたりしていた。マナレ ベルが低下して移動魔法が使えないエリアの大きさを測量している のだった。誤ってリコブロックしないように、マークポイントの脇 には目印の旗(フラッグ)が立てられていた。 「よくメイジ評議会が動いたな」 「この世界が外部からの侵略の危機にあるときは、体制も反体制も ないわ。すべての派閥は政争を停止して団結するの。彼らもブリタ ニアンなのよ」 それは怪しいなとわたしは思ったが、口には出さなかった。 「見つけやしたぜ」ネクロマンサーが低い声で言った。 テーブルの上の大きな水盤の水面には、森の中の光景が映っていた。 「あの木の根元でさあ。不可視の結界を張って隠しているが、空間 の歪みまでは隠せねえ」 「結界に入って」 「探知されますぜ」 「かまわないわ。やって」 映像がちょこちょこと動いて視点が前進した。それはネクロマンサ ーが森に送り込んだ使い魔の眼を通した映像だった。生き物の死骸 から作り出された使い魔は、それ自身の体内に強いマナ源があるの で、自然のマナが少ない場所でも活動できるのだった。 視点が進むと、水盤の水面には不気味に鈍く光る黒いものが現れた。 それは黒色のゲートだった。 「あいつですぜ。あれが、このあたりのマナをずっと吸い続けて成 長していたに違いねえ」 「ゲートの中へ」女隊長は水盤の映像から目を離さずに言った。 視点はさらに前進して、ゲートの向こうの世界を映し出した。 映像は滲んだように不鮮明だった。 どこともしれない場所に、たくさんの異形の人影が整列していた。 蝙蝠のような黒い翼、頭頂には二本ないし三本の角、そして鋭い鉤 爪。異形の人影はどれも同じような装束をまとい、サッシュをかけ、 見間違えようもなく武装していた。それは異形の軍隊だった。 「探知されやした」 「使い魔との接続を切りなさい」 「残念ながら」老学士は太い嘆息とともに言った。「今回も誤報で はなかったようだな」 「通信兵!」女隊長が命令すると、兵士の一人が背負っていた箱を テーブルの上に置いた。蓋を開けると、中は幾つにも仕切られてお り、そのひとつひとつにはラベルを貼られたコミュニケーションク リスタルが収まっていた。 「ブリテイン。王都防衛師団本部を」 兵士はクリスタルのひとつを手にとった。それに向かって何度か呼 びかけると、雑音の向こうから応答する声が聞こえてきた。 「師団本部、出ました」 女隊長はクリスタルを受け取ると、その場にいる者たちにも聞こえ るように大きな声で言葉短く命令を下した。 「警報”赤”。繰り返す、警報”赤”」 騎士や兵士たちの間に緊張が走るのがわかった。 ブリタニア全土は、いま、戦争状態に入ったのだった。 命令を繰り返す伝令たちの声が、木霊(こだま)のように辺りに広 がっていった。〈望遠鏡〉の内部も、外も、にわかに騒然さの度を 増した。魔法使いたちは外の空き地に一列に並ぶと、一斉にゲート 魔法を詠唱した。開いた青いゲートのそれぞれからは、ブリタニア の各地で待機していた兵団が次々とゲートアウトしてきた。 トリンシックのオスタード騎士団、ユー方面師団の旗印を掲げた装 甲沼ドラ騎兵、ジェロームの傭兵たち。 ずしんずしんと重々しい地響きをたててブリタニア最強の兵器が通 り過ぎて行った。厚い鱗に覆われた巨体を揺すって闊歩していくグ レータードラゴンの群れだった。彼らの吐く強力なブレスに焼かれ た土地は、十年は草木も生えないだろうと言われていた。 国庫の窮状を知らぬでもないわたしには、会計係の泣き顔が見える ようだった。これだけの費用を捻出した後では、サー・ジョフリー の軍用金庫にはゴミしか残らないだろう。 「何をしているの。はやく接続を切りなさい!」 女隊長の鋭い声が響いた。ネクロマンサーは先ほどから、何度も何 度も同じ印を結んでいた。その顔には汗が噴き出ていた。 「だめだ、切れねえ! 向こう側から掴まれて…」言いかけて、ネ クロマンサーは恐ろしい悲鳴をあげて弾かれたように椅子から立ち 上がった。大きく見開いたその眼は、虚ろなレンズのようだった。 彼の硬直した身体は機械人形のようにぎくしゃくとした動きで部屋 の中を見回した。そして開け放たれたままのドアの外に展開されて いる光景に顔を向けた。 鈍い音がして、ネクロマンサーの身体は床に崩れた。 女隊長はその背から抜き取った血の滴る剣を、傍らの兵士に返した。 「見られたわ。彼らも気づいた」彼女は冷徹な声で、全軍に出撃準 備の命令を伝達するよう伝令に命じた。 そのとき、老学士がはじめて気づいたようにわたしに言った。 「エマは?」 ◆ 森の中の廃屋の扉が蹴り破られた。 床の上の、ページを開いたままの読みかけの絵本を、泥のついた軍 靴がいくつもいくつも踏んでいった。砂時計が割れて、砂が床に飛 び散った。ブリタニアのロイヤルガードたちは、手に持ったランタ ンで薄暗い小屋の中を隈なく照らした。 小屋の中には、誰もいなかった。 このところアンディはライキュームに入り浸りだった。ライキュー ムには、彼の調査の答えがあったからだ。そこはブリタニアの学問 の総本山であり、学術と魔法の研究所であり、学府だった。その図 書館に収められている膨大な蔵書からは、ブリタニアの文化と歴史、 人間(ヒューマン)の社会や思想、科学と魔法のレベル、そして軍 事力と兵法などを知ることが出来た。 今日も図書館の閲覧席で分厚い書籍のページをめくるアンディのそ ばで、そろそろエマが待つのに飽きはじめていた。 そのとき、一人の若い学士見習いが慌ただしく駆け込んできた。 司書が鋭く「しぃーっ!」と注意するのも気にせず、彼はローブを 翻してエマに駆け寄った。 「表にガードがたくさん来ている」息を切らせて彼は言った。「旅 行者や外国人を片っ端から逮捕している。すぐにここにも来る」 言わんとすることは、エマにもわかった。誰が怪しいと言って、ア ンディほど怪しい人物はいないだろう。 どうしよう、とエマが言うその言葉も半ばに、「こっちだ」学士見 習いは二人を急きたてて、一方の扉から外の回廊に出た。 (この物語はフィクションです。登場するキャラは架空のもので、 物語の設定は実際のUOの設定には必ずしも準拠していません) |
by horibaka
| 2010-12-28 12:53
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