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BNNアーカイブ 思惑ふたつ

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思惑ふたつ

投稿日:2002年9月9日


全日本シャード
またか、と彼は舌打ちした。前を歩いていた市長が立ち止まり、あごに左手をあてるのを見たからだ。市長がくだらない事を言い出す時の決まった仕草だ。

「マルコス(Marcos)君、あの妙な囲いはなにかな?」

「はい、畑に立てられた異国様式の囲いでございますか」

「うん、ああそう。その、妙な囲いだよ。以前来た時は無かった様に思うんだがなあ」

彼としては最大限皮肉った言い方をしたが、市長は全く気づく様子がなかった。

「あれは、新年祝いの催しのため立てられた施設の一部です。土地の確保に都合が良いからと、市長のご指示で囲いのみ残してある物ですが。」

市長はだまって畑を眺めていたが、顔色一つ変える様子はなかった。そしていつもの様に、癇にさわるのんびりした大声でしゃべりだした。

「ああ、おーおーおーおー、うん、確かにそう言う事が間違いなくあったかも知れないね。でもね、うん、あれでは農家の皆さんは農作業がまるでできないじゃないですか。うん、それはいけませんねマルコス君。今日の内に撤去する事で如何ですか。」

「かしこまりました、市長」

彼は、市長の矛盾を指摘する様な情熱を、もはや持ち合わせていなかった。彼に情熱があった頃でも、説得の結果はいつも疲労と無力感が得られるだけだった。

記憶力が弱いと言うよりも、市長は昔の事を覚えておくつもりが全く無い様だった。それでいて決断だけは誰よりも早いのだから、次から次へと下される予想外の指示に、周囲の者達は常に振り回される事になった。憮然として指示を書き留めていた時、マルコスは何か不吉な事が起こったと感じた。市長がまた左手をあごに持っていくのが見えた。

「いや、まってくださいよマルコス君」市長の目はいつになく大きく見開かれていた。

「何か大勢の人が集まって来ていますよ。囲いだけにしてはえらく賑わっているではありませんか」

マルコスにも意外な事だった。慌てて指示を書き留めようとしていた手帳をめくりだした。

「ああ、はい。今朝に急ぎの申請が入っています。コンパニオンと称する団体が、ヘイブンで行う催しの臨時集会所としての使用を申請していました。」それにしてももの凄い人数だ。と中をのぞき込んだマルコスの顔が、途端に険しくなった。

「なんだあのステージは・・・建築の許可を出した覚えは無いぞ!申し訳ありません市長、すぐに撤去するよう指導いたします」

意外な言葉が駆け出しかけたマルコスを押しとどめた。

「そのまま!いやそのままにして置いてくださいマルコス君。いやー素晴らしい。素晴らしいではないですか。まさに季節は夏なんですよマルコス君!」

苛立ちを感じるよりも、彼は単純に驚きと当惑とを感じていた。市長の新たな決断にここで立ち会うとは、長らく補佐に倦んでいた彼も予想していなかった。

「一体どのようなお考えをお持ちなのですか、フィニガン(Finnigan)市長?」左手をあごにあてたまま、市長は笑みを作った。

「至急かねてより検討中だった、花火大会の計画を進めるのです。一週間の内にです。あの施設はそのまま接収して、大会設備にあてて下さい。ふっふ、はっはっはっはいやー素晴らしい!」


***************************************


ヘイブン市街から北西にやや歩いた所、その頃そこでは、もう一つの異なる思惑が生まれようとしていた。

「これね、これなのね、コンパニオンとやらが作っていた建物は」

身につけたその装飾品だけでも、ヘイブンで彼女を見間違える人はいないが、彼女の声を聞けば街の反対側にいながら彼女の企みを知る事が出来るだろう。

「整然と並んだ机!大きな指示ボードに・・・ああ何から何まであつらえた様にぴったりじゃないの!この施設を元に設備を整えればあいつとその取巻きなんか。ひと月もあればそうね・・・これなら、これなら勝てるわ。見てらっしゃい、学校の名前は何にしようかしら、ふふ、うふふふ、ホーッホッホッホ!」

屋敷の中で、駆け出しの冒険者達の相談に乗っていたウゼラーン(Uzeraan)にも、彼女の高笑いは届いていた。不安がる若者達に彼は肩をすくめて見せた。

「カーミラ(Carmela)め。また何かよからぬ事を考えついたかな。ヘイブンでの勢力を伸ばそうと何かと私につっかかってくるんだが。私の使命、いや大げさか。仕事の邪魔だけはしないで置いて欲しいな。ははっ」

彼女がその使命に立ちはだかる存在になる事は、彼も予測する事はできなかった。








5:27 2017/06/12

by horibaka | 2017-04-16 05:25 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ ファイアスティード

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ファイアスティード

投稿日:2002年7月18日

Anwyn Brenna
全シャード
ロード・オークス(Lord Oaks)は、私がヘイブンの無垢な若者達との生活へ入っていく為に、イルシェナーの森を離れてから、私を訪れる事が何度かあった。しかし、今回の彼の用向きは、かつて無い程の興味を掻き立てるものであった。彼はユニコーンをさらい、この世界の奥深い場所へと連れ去るデーモンの噂を聞いたというのだ。そこでは、それらのデーモンがユニコーンの角を切断し、熱と炎に曝し、そしてそれらを無感情にし、その血に火を注ぎ込んでいると言うのだ。そこで作り出されるのは、世界がかつて目にした事の無い生物であった。ファイアスティードである。

私はその連れ去られた獣を追い、ファイアダンジョンまで向かった。恐らく、過去にはそれらは多く存在したのだろうが、私に確認できたのは2頭だけであった。それらを捕らえたデーモンはどこにも見当たらなかったが、それらが近くにいるに違いなかった。間近にそれらを見ようと、私は注意深くその黄金の輝きを放つ馬に向かって近づいていった。近づくにつれて、それらの目に何かが映し出されているのに気が付いた。火の苦しみはその生物を狂気へと駆り立てていたのだが、それらはかつての知性を保持していたのだ。ユニコーンだった頃の尊厳が、これらの炎の生物達のどこかにあったのだ。今では荒々しく、他の事など省みない生物と成り果てていた。そして、私の調教スキルを以ってしてさえ、それらを制御できるか、私には見当がつかなかった。

しかしながら、私は数週間前に2本のスクロールをロード・オークスから受け取っていた。それは、私が以前までマスターしたと思っていた調教と動物学の更なる習得を可能にするという物であった。それ以来、そのスクロールを使いこなすべく、実に様々な動物に対してスキルを働きかけたが、今ほど私の新しい能力をテストする絶好の好機はあり得なかった。攻撃の兆候の動きを窺いつつ、私はファイアスティードに最接近した。ファイアスティードはすぐさまこちらへと振り向いて、火を噴き、私を酷くその火で苦しませた。その時点で、私にはこれが、私の調教の能力の試練のみならず、同時に、生き残りへの試練である事も分っていた。

少なくとも1時間、私は自身を頻繁に治癒しつつ、また、1回以上退却も考えながら、その獣と格闘した。そしてついに、彼は私に彼に優しく話し掛けるのに十分な位置にまで近づく事を許した。私は彼と同じくらい獰猛な生物を静めた言葉を囁いた。数分後、彼に触れてもいい位にまで近づく事を許してくれた。調教されたファイアスティードは驚くほど聡明で、私の命令に機敏に反応した。彼は私の強力な盟友となるだろう。その事から、彼をブレイズ(Blaze)と名付けた。

私はブレイズに跨り、2頭目のスティードの調教に取り掛かった。2頭同時に命令できるかは分らなかったが、最初と同じ位の注意を以って2頭目に近づいた。ブレイズを調教する時に多くを学んだとはいえ、この暴れ馬を調教する事はやはり同じ位に難しかった。再び、自分自身とブレイズとを治癒しながら、格闘は1時間近くに及んだ。が、ついに、私はその生物を調教する事が出来た。同時に2頭のファイアスティードを操る事は可能であった。ロード・オークスはこの知らせに非常な興味を示す事だろう。私はこの二頭目をインフェルノ(Inferno)と命名してついて来させた。ロード・オークスは直に彼らを見たがる事だろう。

丁度我々がファイアダンジョンの出口に差しかかった時、こちらに向かってくるデーモンの足音が聞こえてきた。そしてそれは、我々の行く道を塞いでいるのだと分かった。私はブレイズから降りて、そのデーモンを視界に捉えるまで待機した。それを視界に捉えてすぐに、ブレイズとインフェルノの両方にキル命令を出した。個別に其々のスティードと闘ったので、どういう闘い方をするのかは大体想像が出来た。だが、私は驚かされた。ブレイズとインフェルノは共同して勇猛果敢に、かつて彼らが受けた責め苦を越えるダメージを与えながらデーモンに立ち向った。私は他の動物でこの種の集団本能を見かけた事はあるが、ユニコーンや馬では初めて見る、とても興味深い光景だった。

同時に印象深かったのは、彼ら自身は呪文を発しないにも関らず、ブレイズとインフェルノの両方ともデーモンのぶつけてくる呪文に対する異常なまでに高い耐性を持っているように思われた事だ。そこで気が付いたのだが、インフェルノの持っている耐久力は、人間で言うとフルプレート装備に相当していた。一方で、ブレイズのそれはリングメイルに近いものがあった。この違いから、私はインフェルノより、ブレイズの方をより多く治癒した。しかし、それは本当に僅かな治癒を施すだけであったのだが。しかし、私の獣医学のスキルも、そのデーモンが毒殺の魔法をブレイズに放った時には、殆ど使い物にならなくなっていた。私の関心は完全にブレイズに奪われた。私がブレイズに気を取られている間に、インフェルノが最後の一撃をデーモンに向けて放った。そしてデーモンの体は地に沈んでいった。安心した私は、ブレイズへの介抱を素早く終わらせて再び跨った。そしてまたインフェルノを付き従えた。

森の支配者(Lord of the Forest)のいるイルシェナーへ向かおうとムーンゲートに向かっている時に、私が見つけ出したものについて改めて考えてみた。ファイアスティード、美しく、同時に凶暴なその存在は、彼らを調教できる者にとって頼りがいのある盟友になる事だろう。ロード・オークスはこの知らせを聞いて驚く事だろう。何と言っても、私は証拠も携えているのだから。ファイアダンジョンにはもっと多くのファイアスティードがいると思うが、また次の機会の為に残しておこうと思う。

「この広大な世界は何とも不思議な物を持っているものだ」

Anwyn Brenna
Dryad of Haven







7:28 2017/06/11

by horibaka | 2017-04-15 07:27 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ エピローグ

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エピローグ

投稿日:2002年6月3日


全シャード
夜明け光がユーの闇を洗い流す。古びた小屋が陽光に温められ、小さな軋み音を立てている。その向こう側には、かつてはがっちりと家を守っていた木の柵が、巨大生物の背骨の化石のように、列を乱し、一部分だけを見せて泥に埋まっていた。小屋自体は真っ直ぐに泥の中に沈みこんでいる。その形は、小さな生物が住む御殿のようだ。壁に貼りついたつる草は、この家をさらに深く泥の中に引きずり込もうとする骨ばった亡者の手に見えた。

ドーン(Dawn)は、人生の大半を過ごしてきた家の成れの果てを静かに見つめていた。両親を亡くした時の事は、まだ幼かったのでほとんど憶えていない。しかし、両親を失った時の悲しみは、深く心に刻み込まれている。すっかり変わり果ててはいるが、この場所にあった温かさと安らぎは、困惑した心の中に、今でも感じられる。おじいさんは、よく大きな焚き火をして、王様に仕えていた頃の冒険の話を聞かせてくれた。小屋の屋根は、どんな嵐の時でも、雨漏りひとつしなかった。庭で飼っていた羊は、オークを驚かせて追い払うのが上手だった。少なくとも、そうおじいさんは話してくれた。

彼女は、ジュカ(Juka)との戦争が終わったら、ここに帰ってきて普段の生活に戻ろうと決めていた。しかし、この小屋を修理して住めるようにするのは、かなり難しそうだ。

「お気の毒に。ここ、あなたのおうちだったんでしょ」背後から歩み寄りながらダーシャ(Dasha)が言った。

「ええ」ドーンの声は沈んでいた。彼女は身動きひとつしなかった。彼女の視線は、小屋のずっと向こうを見ているようだった。ダーシャは彼女の脇に立ち、家を観察した。

「私も家を失くしたわ」ダーシャは言った。「アドラナス(Adranath)とすべてのミーア(Meer)を救うために、私たちの故郷は、ずっと昔に消えて無くなったの。彼らは全員で大いなる眠りについて、夢の世界に移り住んだのよ。自分達の故郷はもうこの世に無い。でも、いつか新しい故郷が見つかる。そう納得できるようになるまでには、何百年も何千年もかかったわ」彼女はその場にしゃがみ込み、小さなキノコの群生を見つめた。「私は、時間を飛び越えて、ジュカと一緒にこの世界に連れてこらたの。だから、ほかのミーア達とは違って、故郷を失ったのは、私にはほんの数週間前の出来事なのよ」

ダーシャは立ち上がり、陽光の中を歩き始めた。「ジュカに破壊される前の私たちの国の森は、あなた方の世界のものとは比べようもないほど立派なものだったわ。見渡すかぎり梢が続く森の海。私は一番高い枝の上に立って、朝の風を体に浴びるのが好きだった。木の葉は優しい風に揺れて、太陽の光を反射させるの。まるで黄金のように輝いて。ご先祖様のお力が、世界を祝福して新しく生まれ変わらせているような、そんな感じを受けたものよ。その眺めほど感動的な光景を、私は見た事が無いわ。この世界はいつまでも決して変わらない。そんな大きな安心感を与えてくれる眺めだったわ」

ドーンは、泥に沈んだ家から目を離さず、悲しげに微笑んだ。「それに比べれば、私が失ったものなんて、大した事無いわね。小さな粗末な建物ひとつだけなんだから」

「たしかに」ダーシャな小屋を見つめながら言った。「大きさから言えば、あの大森林に比べて、この建物はずっと小さいし、単純なものかもしれないわ。この程度の建造物なら、建てようと思えば何日もかからないでしょう。新しい家は、いつでも手に入るわ」彼女はドーンに向き直った。「でも、あなたにとってのこの場所の意味は、私が森に対して持っていたものと同じよ。そうじゃなくて?」

ドーンはやっと小屋から目を離し、ダーシャの顔を見た。「これは……、私の全てだったの。私の家だったのよ」

「私たちは2人とも、自分の世界を失ったのね」

「ドーン!」アドラナスが近づきながら彼女に声をかけた。「すまない。すっかり待たせてしまって、ダーシャも、すまん。治療が効いた木の事を、もう一度確かめておきたくてな」

「それほど待ちませんでしたわ、アドラナス様」ドーンは自分の荷物の中に手を入れ、小さな袋を取り出した。「クレイニン(Clainin)から預かってきた植物の標本があります」

「ありがたい。よろしく伝えておいてくれ。それで、クレイニン君の研究の方は進んでいるのかね」

「何でもかんでも植物の標本を持ち込むものだから、彼の研究室では身動きが出来ないほどで」ドーンは答えた。「ずっと研究ばかりしているから、衛兵から食事をとるように注意されているぐらいです」

「よい結果が得られる事を願うばかりじゃ」アドラナスは、荒れ果てた光景を見回しながら、悲しそうな声で言った。「腐敗の呪文がこれほどの荒廃をもたらすとは、全く予測がつかなかった。この世界は、あまりにも長い間、強い悪気に冒されてきた。その中でもがき苦しんできた自然は、形が歪められて、腐敗を受け入れてしまう体質に変化してしまったのじゃ。出来る事なら、我等ミーア族は、もう一度、自然系魔法を勉強し直す必要がある。こんな恐ろしい事を、二度と起こさない為にな」

「あなたはジュカを止めようとしてくれたのです。ユーを救おうとなさった上での事です。アドラナス様」ドーンは言った。「誰もあなたを責めたりはしません。これからも、私達はずっと仲間です」

アドラナスは微笑んだ。「あなた方のような高潔で誠実な種族と同盟を組む事が出来て、ミーアは誇りに思っておりますぞ。さて、ワシはちょっと用事が……おや、なんじゃ。君達も感じるかね、この振動を」

ドーンとダーシャは互いに顔を見合わせて、首を横に振った。

「どんな振動ですか」ドーンが訊ねた。

「足元の地中で何かが低く唸っているような感じじゃ」アドラナスは足元を見た。「おそらく、大地が腐敗の影響から解放されて、安定に向かいつつあるのじゃろう。ともかく、ワシは行かねばならん。ドーン、いろいろとありがとう」

「私のほうこそ、ありがとうございました、アドラナス様」ドーンは答えた。

「ダーシャ、それじゃ、行こうか」アドラナスはダーシャに出発を促した。

「すぐに参りますわ、先生。その前に、もう少しドーンと話しておきたい事がありますので」ダーシャは言った。

「よかろう。それでは、またな、ドーン」アドラナスは微笑み、ムーンゲートの中へ歩いていった。

「さようなら」ドーンも別れの挨拶を贈った。

ダーシャは朝の光を浴びて、ゆっくりと歩きながら言った。「この短い時間で、みごとに腐敗を食い止めたあなた方の技術には、感心するばかりよ」

「危機を目の前にして、みんながひとつになれたからだわ」ドーンが答えた。

「それよ。さっきも言ったけど、私達はどちらも自分の世界を失った。もう二度と、あの世界は戻らないわ。だけど、あなた方が必死になってこの世界を救ったり腐敗を治療する姿を見ているうちに、私もここで、新しい自分の世界を発見出来るって思えるようになったの。きっと、あなたも」

ドーンはダーシャに微笑み、ミーア式握手だとドーンが気付き始めたあの方法で、2人は手を握り合った。2人は互いにさよならを言い、それぞれの道へ分かれていった。互いに、未来への確信を抱きながら。






「エクソダス!」

壁を震わさんばかりのブラックソンの怒号が部屋に響いた。ほとんど叫びに近い、喉が潰れるほどの大声で、彼はエクソダスを呼び出そうとした。ジュカと竜騎兵の撤退を知らされたブラックソンは、エクソダスから説明を聞く為に駆けつけたのだが、もうあの不気味な相棒の気配は無かった。

部屋の重い扉を押し開け、ケイバーが静かに入ってきた。ブラックソンは振り返り、そのジュカ戦士の巨体を大きな鋼鉄の爪で指差し、言った。「何処へ行っていた!撤退の理由を今すぐ説明しろ、この汚らしい豚野郎!エクソダスは何処だ。何故返事をせん!」

「存じません。ブラックソン閣下。自分はただ……命令に従ったまでで」ケイバーは、石のように固い表情の下で、ブラックソンが取り乱す姿にほくそ笑んでいた。

「命令に従っただと?エクソダスが貴様に命令したのか?はいはいと素直に聞き入れたわけではあるまいな。今すぐ説明しろ。これは命令だ、ケイバー!」ブラックソンの機械化されたほうの目玉が、激しい怒りにぎらぎらと光った。

ケイバーは体を硬直させて答えた。「ただ命令に従ったまでです」

「ケダモノの分際で、オレを怒らせたいのか!」ブラックソンは大きな鉄の爪を装着した腕を頭上に振り上げ、重厚な作戦用テーブルの上に力任せに振り下ろした。埃が舞い上がり、テーブルの破片が辺りに飛び散った。その瞬間、ブラックソンの顔から怒りの表情が消え、凍りついた。

ケイバーはブラックソンの表情を読み取ろうとしたが、人間の顔は見慣れていない為、よく判らなかった。顔の一部が機械化されている事も、表情をさらに読みにくくする一因になっていた。困った事になったのか、恐ろしい事でも思い出したのか、せいぜい苦しむがよい、とケイバーは願った。激しい怒りが、ブラックソンの機械の体に、何か仰天するようなものをもたらしたのだ。

「下がれ、今すぐだ!」ブラックソンは唸るように言った。

ケイバーはきびすを返すと、静かに部屋から退出し、後ろ手に扉を閉めた。扉が閉まるや、彼は表情を崩し、冷たい笑いを満面に浮かべた。








8:37 2017/06/10

by horibaka | 2017-04-14 08:36 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 蔓延する絶望

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蔓延する絶望

投稿日:2002年5月18日


全シャード
アドラナス(Adranath)は、すでに湿地と化したユーの泥の中へ足を滑らせた。周囲には、脈打つような腐敗の毒気が自分自身をも貪りながら、ゆっくりと、しかし手当たり次第に生命を飲み込んで行く様子が肌で感じられた。身の毛もよだつようなその強い感覚は、自然の力を操る者にとれば、感じ取ろうと精神を集中させるまでもなく否応なく伝わってくる。その地域一帯には、重苦しい砂埃のように疫病の胞子が舞っていた。歩くと、体の周りの空気が渦巻くのが見えた。アドラナスはクレイニン(Clainin)の研究所を思い出した。そこには、何百という書類や古書が整然と書棚に並んでいたが、どれも塵ひとつ被っていなかった。

長い時間をかけて、彼はようやく目的地に到達した。そこには天を突くような瘤(こぶ)だらけの大木が、病に冒された黒い枝を四方に広げて立っていた。全体が腐った灰色の木肌に覆われ、枝のあちらこちらに口を開けた大きな虚(うろ)からは、得体の知れない緑色の光が漏れている。その根元には、ぶくぶくと泡立つ汚泥が静かに流れ、胞子嚢(ほうしのう)からは、風に乗り、ゆっくりと胞子が流れ出ていた。

アドラナス観察人は、小さな巾着袋を開くと同時に激しい咳の発作に襲われた。発作はあまりに激しく、そのまま体が動かなくなってしまうほどだった。この付近の同じ病に冒された商店主たちが、彼ほど重症に陥っていなければよいがと祈ったが、同時に、それがいかに虫の良い願いである事かをアドラナスは知っていた。

ひとつひとつ、彼は巾着袋から何かを取り出し、朽ちかけた大木の根元の、不気味な粘液を満たした穴に投げ込んだ。木はそれを貪るように吸収した。最後のひとつを袋から取り出すと、彼はそれをまじまじと見つめた。皮肉だ、と彼は思った。この災いから生まれた怪物が、その穢れた土地を癒す元になろうとは。すでに、あの怪物を一匹だって相手にできないほど力が弱くなっているアドラナスは、何匹もの怪物に対処してくれたクレイニンの力添えに感謝した。彼は手の中のそれを見つめ、静かに祈った。結果を出すために十分な数の怪物が捕まる事を。

仕上げに、彼は最後のひとつを木の穴に投げ入れ、同じように素早く吸収されてゆく様子を見守った。少しすると、木からかすかな振動が伝わってきた。木の腐敗が止まり毒気が弱まる感触が、体の内側から湧き上がってきた。目を閉じれば、今投げ入れた薬の効能を、木自身がなんとか取り込もうと戦っている様子が伺える。彼は確かな手ごたえを感じた。治療が効いたのだ。

またしても咳の発作で体の自由を奪われたアドラナスは、木から少しあとずさった。これで方針が決まった。だが、今この木に与えた薬の効果は微々たるものだ。この土地全体を完全に治療するには、相当な量の薬が必要になる。

一陣の風が沼の水面をかすめ、病んだ大木から放出される胞子が雲のように周囲に充満した。腐敗の進行は、どうにか食い止める事ができたが、治療を急がなければ、ユーは草一本生えない死の世界になってしまう。アドラナスはローブの下に手を入れ、クレイニンから預かった小さなコミュニケーションクリスタルを取り出した。それには、彼らの最後の望みを託されていた。あの言葉を遠くまで、そして素早く届ける事ができれば、手遅れになる前に、この土地を救う事ができるのだ。








6:08 2017/06/09

by horibaka | 2017-04-13 06:07 | その他 | Comments(0)
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その後のUMA調査隊

投稿日:2002年5月12日

Cheryl Brown
Mizuho
UMA調査隊代表の真の顔はUMAの力を吸収し、凶悪な進化を遂げた魔術師だった・・・ということは賢明な読者諸君はとっくにご存知のことだろう。この私、Cheryl Brownは代表との決戦で倒れ、今回復の途上にある。しかしあの悪夢について詳しく語るのはやめておこう。過去ではなく、現在のことを語るのがBNN記者としての私の役割なのだ。

代表が調査員と協力者達によって倒された後、組織の頭を失ったUMA調査隊は解散することになった。多くの人々が別れを告げる中、調査員達はそれぞれの道を歩んでいった。私は彼らの後を追ってみることにした。

本の好きな最年長の調査員はLycaeumで難解そうな本を読んでいた。彼は「私は冒険をやめるつもりはない。今は次へ向けての準備段階といったところだ」と言っていた。新しいUMAを見つけるために情報を集めているらしい。彼は今書きかけているというUMAについての本を少し読ませてくれた。いつの日かこの本もLycaeumに所蔵される日が来るのだろう。

年若い男性の調査員の家を訪ねると、彼は花束を抱えて家から出てくるところだった。同行の許可が下りたので追ってみると、彼の向かったのはMoonglow Royal Zooだった。「あいつには、Yewの花畑を見せてやれなかったからな」そして彼はそっと戦友の墓に花束と宝石を添えた。

うら若い女性の調査員はEvil Orc Helmで素顔を隠したまま、早朝のThe Blue Boarでケーキを頬張っていた。早朝が一番人が少なくて良いのだそうだ。最近は動物園でアルバイトをしているのだが、たまに観光客の鞄を覗いたりもすると照れ笑いをしながら語ってくれた。お金が貯まると休みをとってダンジョンへ行き、モンスターに突撃して骨になって来るのだという話を聞いていた時・・・。

「ここにいたのか!やれやれだぜ!」年若い男性の調査員が駆けこんできた。「新しいUMAを見たと報告してくれた人がいるのだ。まさに、棚からヒールポーションだな」最年長の調査員が遅れてやってきた。どうやら新しいUMAの発見報告があったらしい。今度はどこへ?と問いかけるとIlshenarだと彼らは微笑んだ。同じ色のBody Sashを身につけ、調査員達はそのまま早朝のBritainを旅立った。Ilshenarへ諸君が出かけたなら、彼らに会うことがあるかもしれない。その時はまた肩を並べて戦うこともあるだろう。彼らの前途に祝福あれ!








5:25 2017/06/08

by horibaka | 2017-04-12 05:24 | その他 | Comments(0)
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準備

投稿日:2002年5月11日


全シャード
ケイバー(Kabur)の重い足音が、エクソダス(Exodus)の部屋に通じる廊下に鈍く響きわたった。戦場から呼び戻されて、彼は機嫌が悪かった。特に今は、人間どもを存分にいたぶれる最高の時だったのだ。司令官という重責を担うのはよいが、会議ばかりで嫌になる時もあった。だが、彼の主人であり、彼らの種族を絶滅から救った存在の命令には、絶対に逆らうことはできない。

大広間のドアが音もなく左右に開くと、ケイバーは、いつも地位の高さを盾に偉ぶるあの忌々しい人間、ブラックソン(Blackthorn)の姿を探した。だが、そこには彼の気配は感じれらなかった。こちらの世界に来てから、彼がエクソダスに直々に呼び出されるのは、今回が初めてだった。ケイバーは、主人の声がする部屋の暗がりに向かって、深々と頭を下げた。ブラックソンがいないのは妙だと感じたが、あの横柄な原始人と口をきかなくて済むと思えば気が楽だ。

「我らが主なるエクソダス様、ケイバー、はせ参じまして御座いまする」

岩をも砕くかと思われるエクソダスが、部屋中を振るわせた。「おまえとジュカ(Juka)の者どもは、よく尽くしてくれている。作戦の首尾を報告せよ」

ケイバーは立ち上がり、暗がりを見上げた。「進軍の妨げとなる障害には、いまだ遭遇しておりません。滞りなく都市の破壊と人間どもの抹殺を遂行しております。竜騎兵隊も……それなりに貢献している模様であります」この偉大なる戦士にとって、人間と肩を並べて戦うことほど誇りを傷つけられることはなかった。それはジュカ族全体に対する屈辱だと、彼は感じていた

「ユーで戦ったお前から、その地の様子を聞きたい」

「ユーは全土にわたり、想像をはるかに超える変化を遂げております。森の樹木は根を土より引き上げ、人間に襲い掛かっております。動物は、私の見る限りにおいては肉体の形状を失っております。大地そのものも、湿気を増し、ぬかるみ始めております。かかる変化の中にありながらも、我がジュカ軍はまったく影響を受けておりません。植物は我々には攻撃しようとはせず、奇形化した動物たちも、ジュカを狙う事はありません」ケイバーはしばらく言葉を止め、次に伝えるべき情報を頭の中でまとめた。「斥候の情報によりますれば、ミーア(Meer)どもは病に冒され始めているとの事であります。もはや、我らの脅威ではありません」

エクソダスの声が響いてくる暗がりの中で、小さなライトがしばらく瞬き、やがて闇に飲まれていった。続いて、歯車が回転する音が大きくなったかと思うと、またすぐに静かになった。「腐敗の術を使うとは、ミーアも愚かな真似をしたものだ」

腐敗という言葉を聞いて、ケイバーは目を細めた。これまでミーアは、もう後がないという最後の最後、捨て身の切り札としてその術を使ってきた。腐敗の凄まじい嵐にもまれ、将校も兵士達も変わりなく土くれとなって消えてゆく光景を、ケイバーは一度目にしているのだ。

エクソダスの耳障りな声はさらに続いた。「ユーを救おうとした事で、ミーアはユーの未来を永遠に封印してしまった。ミーア自身の未来もだ。ケイバーよ、このまま街の人間どもを攻撃し続けるのだ。そうすれば、今にミーアは我らの意のままに動くようになる。もし、ミーアが己の身を守ろうと反撃に出るようなことがあれば、ジュカ軍と竜騎兵を引かせるのだ、ケイバー」

「退却せよと?」主人には特別な策があるとは承知していたが、ケイバーにとってそれは不本意な命令だった。「という事は、新しい任務をお与えくださるのですか、エクソダス様」

「しばらくお前とは連絡がとれなくなる。戦況が複雑化しても、私は指示を出せない。そうなれば、大切な兵をいたずらに失うことになるからな」

その言葉に、ケイバーは動揺した。エクソダスは、ジュカを支配下に入れてからこのかた、ありとあらゆる物事に口を出してきたからだ。エクソダス不在という状況など、考える事もできない。「どちらかへ、お出かけになられるのですか」

モーター音が大きくなり、また静かになる間、沈黙が続いた。「目的を達成するためには、私は別の場所に注意を向けなければならんのだ。そのためには、準備が必要となる」

「では、ブラックソンが……」ケイバーは、目の前にいる時以外、ブラックソンに敬称をつけて呼ぶ事はなかった。「あなたがお帰りになるまでの間、ヤツが全権を握るという事でしょうか」質問をするケイバーの声には、重苦しい険があった。

「ブラックソンは私の活動の事を何も知らない。ここでの話も、お前に対する私の命令も、ヤツの耳に入れてはならん。ケイバーよ、お前の口の固さを信じているぞ」

「承知いたしました」ケイバーはヘルメットの下でニヤリと笑った。「決して漏らしません」








5:45 2017/06/07

by horibaka | 2017-04-11 05:43 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 兆し

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兆し

投稿日:2002年5月10日


全シャード
「クレイニン!後ろよ!」

クレイニン(Clainin)が身を屈めるやその頭上を飛び越えたドーン(Dawn)は、その勢いで祖父から受け継いだ剣を怪物に深々と突き刺した。怪物の体は真っ二つに割れ、気味の悪い悲鳴を上げてのたうちまわると、見る間に土に戻っていった。ほかに襲いかかってくる植物怪人が残っていないか、ドーンは素早くあたりを見回し確認したが、どうやら、しばらくは心配なさそうだった。
ジュカ(Juka)はまだ町の中だけで暴れている。彼らがこっちまで来る気配もない。

「これはすごい!」クレイニンは化け物の死体の脇にしゃがみ込むと、組織の一部を拾い集めて、せっせとガラスの瓶に収めていった。

「それだけ喜んでもらえれば、嬉しいわ」ドーンは皮肉っぽくクレイニンに言った。「でも、それの標本が欲しいだけだったんなら、わざわざ私といっしょにユーくんだりまで来る必要はなかったわよね。それを集めるぐらい、私にもできたから」彼女は体から引き剥がすようにして鎧を脱ぎ捨てた。「それに、私一人なら、この鎧ももっと早く脱ぐことができたわ」

クレイニンは、食い入るように作業を続けながら、怪物の死体から目を離さずに言った。「ドーン、それはロイヤルナイトの鎧だ。名誉に思うべきだよ。」

「思っているわよ。ただもうちょっとその名誉の着心地がよかったらね。いつもの服ならもっとうまく戦えるわ。見た目の問題じゃないの。」

「言いたいことはわかるような気がするよ」クレイニンは彼女を見上げて白い歯を見せた。「ニスタル(Nystul)の研究室は、僕には広すぎるんだ。だけど、みんなもそれぞれ頑張ってるんだから、文句は言えないよ。僕にはニスタルの不在を埋めるという責務があるんだからね」

ドーンは剣を鞘に収めると、クレイニンの近くに横たわる倒木に腰をかけた。「不在っていえば、デュプレ(Dupre)はどうしたのよ?とても重要な任務だって言ってたじゃないの。それなら、彼が来るべきでしょう?」

「派閥の任務だよ」彼はガラス瓶を持ち上げて中身を凝視しながら答えた。「このめちゃくちゃな戦争で、彼も相当まいってるんだよ。たしかに、これはとても重要な任務だ。だからこを、キミが選ばれたんじゃないか。デュプレがキミを信頼してるっていう証拠さ」彼はドーンに微笑みかけた。

「キミは天下のロイヤルナイトなんだぜ」

彼女ははにかんだ笑いを浮かべた。「つまり、細かいお役目でなら私を信頼できるってわけね?」

「ああ、ごめん。僕はここのところの……」彼は怪物の死体に目を戻した。それはもうすでに通常の腐葉土と見分けがつかないほど分解が進んでいた。「……騒動で頭がいっぱいになっちゃって。ミーア(Meer)の代表から、ここで会おうと申し出があったんだ。ものすごく重要な話があるって。たぶん、この新しい植物のお友達と関係がある事じゃないかと思うんだ」

彼らの背後に光が現れた。光は、魔法特有の振動音を発しながら次第に強くなっていった。ドーンは咄嗟に立ち上がり、素早く体を回転させると剣を構えた。光が消えると、そこにはアドラナス(Adranath)が、背後にダーシャ(Dasha)を控えて立っていた。ドーンは安心して剣を鞘に戻した。

「お若い方、見事な身のこなしね」ダーシャがドーンに微笑みかけたとき、彼女は激しく咳き込みはじめた。しかし、アドラナスが彼女の肩に手をかけると、すぐに収まった。

クレイニンが緊張した面持ちで前に歩み出て、ミーアの長老に対して頭を下げた。「アドラナス先生ですね。お会いできて光栄に存じます」

アドラナスの片方の眉がピクリと動いた。彼はクレイニンを上から下まで舐めまわすように見つめると、さっと周囲を見回した。「今日は、最長老の魔道師をお会いする約束じゃったはずだが……、長老は、どうされたかな?」

クレイニンは助けを求めるようにドーンの顔を見たが、すぐにアドラナスに視線を戻すと、こう答えた。「私が……私が長老でございます」

「その若さでかね!」アドラナスはびっくりして目を見開いた。しかし、気まずそうにしているクレイニンに気づき、言葉を繕った。「よほど特別な才能をお持ちの方とお見受けした。失礼をお許しくだされ。こちらこそ、お会いできて光栄に存ずる」彼はクレイニンの不安を取り除く意味も込めて、深々と頭を下げた。そして上体を戻したとき、必死にこらえようとした歯をくいしばったその口から、咳が漏れ出した。

クレイニンは、相手の顔色を気遣いながら訊ねた。「不躾な事を伺いますが、あなたもダーシャ様も、お体の具合がよろしくないようにお見受けします。お薬が必要なら、ここにも少しございますが」

「たぶん、薬ではどうにもならんじゃろう。ユーの近くでは病がいっそう悪くなる。長居はできぬ。しかし、どうしてもここへ来る必要があった。我々がどれほどの被害を与えたのか、この目で確かめたかったのじゃ」

「被害?」ドーンが口を挟んだ。「奇妙な植物の化け物があちこちに現れていますが、ユーの情勢には変化がないように思われます」

「わしの言う被害とは、怪物を出現させる原因となったものじゃ。申し訳ないが、それはもっと恐ろしいものを出現させる。ジュカの攻撃を止めるためには、良心に逆らって強大な破壊力をもたらす必要があったのじゃ」咳の為に再び話が途切れた。「我々の足元で、それは確実に育っている……」

「ユーの地下で何かが育っていると?」クレイニンは訊ねた。

「腐敗じゃ」アドラナスは答えた。「ミーアに古くから伝わる魔法でな、過去に我々は、種族の存亡がかかる一大事にのみ、自然の力を逆手にとるこの腐敗の術を使ってきた。そもそもこの魔法は、敵を捕らえ瞬時にして土に返すというもので、ジュカの襲撃部隊もこれによって消滅するはずじゃった。腐敗とは、自然に恐ろしい所業を強要する、実に背徳的な術なのだよ」

「それをユーにお使いになったのですか?」ドーンが聞いた。「でもジュカはピンピンしております!」

「試してはみたのだが、失敗してしまったのじゃよ。化け物が現れるまで、我々にも確信が持てなかったのじゃが、自然が……姿を変えてしまったようなのだ。長い時間をかけて、魔性の物どもが自然を汚し、己の都合のいいように、無理やり自然を作り変えてきた。そのつけがまわって、腐敗の魔法は歪曲化し、より強力に、そして恐らくはもっと悪質な方向へ変形しまったのじゃろう。それは、植物の怪物を生み出しただけにとどまらず、ミーアにも疫病をもたらした。我々が病に冒されたのは、ちょうどジュカへの攻撃準備を進めているときだった」ここでまた、アドラナスは咳の発作に襲われた。それは非常に激しく、通常の人間には正視できないほどであった。

「あなたがおっしゃるとおり、その魔法が成長を続けているのなら、あの怪物の出現は、ほんの序の口という事ですね。あなたの説明から察すると……その魔法は世界そのものに影響を与えたというわけですか?」それほど大規模な魔法が、いったい何を引き起こし得るのか、クレイニンには想像もつかなかった。「考えるだけでも恐ろしい」

ダーシャが一歩前に歩み出た。またしても始まった発作を抑えると、こう切り出した。「本日は、ジュカに対抗する同盟のお申し出を受けるため、ここへ参りました」ドーンを見つめるその顔には、自尊心を押さえつけている様子がありありと伺えた。ダーシャは指が空を差すように、手のひら正面に向けて、片方の手を前に突き出した。しばらくしてドーンも同じように腕を突き出し、手と手を合わせた。次にどうしてよいのか戸惑っていると、ダーシャはドーンの手のひらに自分の手のひらを押し当て、指を組んでしっかりと手を握ると、ようやく腕を下ろした。このとき、2人ははじめて笑顔を交わす事ができた。

「我々の無礼をどうかお許しくだされ」アドラナスは言った。「我々のいた時代では、人間は今のあなたたちとは似ても似つかぬ存在でな、人間に援助を求めるなどという事は、とにもかくにも……初めての事で」アドラナスは、ゆっくりとユーの原野を見回した。「これから、我々があの魔法で犯した間違いを是正させてもらわなければならん」

「ほかに、その魔法の影響で考えられる事は?今よりもっと植物怪人が増えるのでしょうか?」クレイニンは訊ねた。

「何とも言えぬ」高齢のミーア人魔道師はその場にしゃがみ込み、地面に手のひらを押し当てた。「魔法がこの土地に浸透して、自然体系を変えてしまったのだ。何が起こっても不思議ではない。この下で腐敗の術が生きているのを感じる。何か手を打たぬかぎり、成長は続くだろう」

「研究室に戻りましょう」クレイニンが呪文の書に手をやりながら言った。「あなたがたの治療に関して、お力になれると思います」

「治療?」アドラナスが咳にむせながら聞き返した。

クレイニンが答えようとすると、木立の中から、ぼこぼこと泥が湧き出るような音が聞こえてきた。全員が音のするほうへ顔を向けると、巨大なものがこちらへ向かってくるのが見えた。それは肉の塊のようなもので、いびつな裂け目のような口がいくつも開き、いくつもの目玉が不規則に体全体を包んでいる。目は、見えていたかと思うと体内に引っ込み、また別の場所から現れた。土手のような体の片側からは、鹿の胴体が半分だけ奇妙な角度で突き出ている。だが、すぐにそれは体の中に吸い込まれ、骨を砕くような、湿った気持ちの悪い音が響いた。そして、あちらこちらに口が開き、前進を続けながら血まみれの骨を吐き出した。

ドーンは剣を構えたが、そのおぞましい姿を見るや、いつでも退却できる体勢に切り替えた。「いったいなんなの、あれは?」

「腐敗の新しい産物だな!ついに作用は動物にまで及んだという事だ。あれも元は普通の森の動物だったに違いない。それが魔法に侵されて変形したのだ」アドラナスは咳をこらえながらクレイニンを振り返った。「ここは逃げるが勝ちだ」

そうアドラナスが言い終わらないうちに、クレイニンはもう、ブリテイン行きのムーンゲートの呪文を唱えていた。間もなく4人は音もなく光の門を抜け、姿を消した。一方、巨大な粘液状の怪物は、そのまま町に向かって移動を続けた。







2:07 2017/06/06

by horibaka | 2017-04-10 02:05 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 種子

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種子

投稿日:2002年4月30日


全シャード
アイエラ・リー(Aiella Leigh)は、その日、千本目かとも思われる木のあたりで手綱を引いた。地面に降り立ち、馬を草むらに放すと、彼女は茂みの中からそびえる立派な木々を畏敬の目で眺めた。ブリタニアでもこの地方は、弓師にとって最高の場所だった。カシ、クルミ、オヒイなどの木が、巨大なイチイの木と肩を寄せ合うように密集しているからだ。木材なら、彼女の小さなレンガの家の近所だけで十分に事足りてしまう。切り出し作業は単調で退屈だが、ときおり迷い出てくるエティンや大蜘蛛が変化を与えてくれる。本気で戦うときは、やはり自分で作った頑丈な弓がいちばん頼りになるが、咄嗟の場合には、仕事の道具である斧が武器になる。そんなわけで、彼女の斧を使った戦闘術は、かなりの腕前に達していた。

近頃では、いざというときは弓矢、と考える人が増えているようで、作っても作っても弓が足りない状態が続いている。つい昨日作った百本の矢も、すぐに売り切れてしまった。それと言うのも、安全な距離からジュカ(Juka)を攻撃できる弓矢や魔法に人気が集まっているからだ。仕事が上々で文句を言う人はいない。お蔭様で、弓矢は飛ぶように売れ、彼女は、欲しいものは何でも買える好況を楽しんでいた。

「遊んでる場合じゃないわね」彼女は声に出して言った。「しごと、しごと」

間もなく、木を刻む心地よいリズムが響き渡った。アイエラは木を切り出しては、ラマの背中にしっかりと縛りつけていった。弓と矢、それに石弓の矢をそれぞれ数十組分の予定量の木材は、まったく邪魔が入らなかったためか意外に早く集まり、ラマのラーマ(Rama)の背中がすぐに一杯になってしまった。そこからまた馬にまたがり北へ向かう。しかし、ユーの街に近づくにつれ、彼女は異変に気が付いた。彼女の相棒であり、そこそこの体格を誇る馬のデューク(Duke)が、いつものような軽い足取りで街へ向かおうとせず、嫌々をするように右へ左へと飛び跳ねる。アイエラからもらう果物や麦にだけ特別な興味を示し、そのほかのことにはまったく無関心な太っちょのラーマも、彼女の言うことを聞かず、素直についてこようとしない。彼女は、いつでもデュークの脇腹を蹴って一目散に逃げられる体勢を整えると、動物たちが凝視する方角を、木と木の間から恐る恐る探ってみた。たしかに、そこでは何かが動いていた。

だがそれは、彼女が恐れていたジュカではなかった。はっきりとしない形の何かが、よたよたと近づいてくる。彼女は、ラーマが積んでいるのが木材ではなく弓矢だったらと悔やみながら、斧の柄を握り締めた。それは、見たこともない姿の生き物だった。こんなご時世だから、よくないものに違いない。見られていなければいいが。たまたまこちらへ向かって道を歩いているだけならいいが。それなら、相手が何者であれ、逃げることは可能だろう。彼女はもう一度小さな声でラーマについてくるよう命じ、デュークには、静かに道から北東の方向へ離れて、我が家へ向かうように命じた。できることなら戦いたくないと祈りつつも、いつでも斧を振れる体勢は崩さなかった。

その生き物は、目と鼻の先にいる彼女には気が付いてはいないようだった。彼女が見た限りでは、それはどこに立っているのかわからなかった。地面とそれの境目がない。まるで地面がそこだけ盛り上がっているように見える。身長は平均的な男と同じぐらいだったが、人間の形とは似ても似つかない。おまけに、それの方角から、風に乗って野菜が腐ったような悪臭が漂ってくる。突然、ラーマが取り乱し、甲高い声をあげて走り出した。気づかれた。アイエラは咄嗟にデュークの脇腹を蹴り上げた。デュークは待ってましたとばかりに、アイエラの命令を受けるまでもなく、必死になってラーマのあとを追いかけた。だが、あの嫌な臭いが離れない。前からも横からも匂ってくるようだ。懸命に逃げているはずなのに、ラーマはどんどん化け物に近づいているように感じられた。アイエラは、あれを遠く引き離していることを願って肩越しに振り返った。しかし、引き離すどころか、追いかけてくる化け物が1匹増えているではないか。新しく現れたほうは、やや小型だが、人間に近い形をしていた。

そんな馬鹿な!今の今まで、2匹目はどこにもいなかった。まるで、あの腐った野菜のお化けから飛び出してきたような感じだ。前方に目を戻すと、そこにも2匹が……、いや、4匹だ。アイエラは全身の力を使って手綱を引き、化け物のいないムーンゲートのある方向へとデュークを急回転させた。ところがムーンゲートに向かう途中、数匹の化け物に囲まれている一人の戦士が目に入った。アイエラは、混乱するデュークの手綱を再び引き付けると、乱闘の只中へ飛び込んだ。彼女の斧が風を裂く。最初の目標は、戦士にいちばん近いやつだ。それが奇妙な悲鳴を上げて倒れると、ようやく馬から飛び降りる猶予ができた。

「デューク!かかれ!」激しい戦いの騒音の中で彼女は叫んだ。

馬に命令が届いたかどうかを確かめる間もなく、彼女は再び戦士の背後に駆け込んだ。視界のほんの片隅に、ちらりと見えた戦士の様子から、彼女は彼に関して必要なすべてを知ることができた。戦士のリングメイルは、いくつものリングが切れて大きく裂けていた。その下には無数の切り傷があり、大量の血が流れ出ていた。野戦医療の知識のない彼女が見ても、助かる見込みがないことは明らかだった。たとえこの戦闘を生き延びたとしても、長くは持たないだろう。だが、かなり弱ってはいるものの、彼がいればこの戦闘を勝ち抜くチャンスはある。そしてついに、5匹の化け物が地面に横たわり、周囲に静寂が戻った。

大きな代償を払っての勝利だった。ラーマは殺され、デュークもかなり辛そうに後ろ足を引きずっている。そして戦士は、ついに名前すら聞くことはできなかったが、体をふらつかせながら、自分で包帯を巻こうとしていた。ここに長居はできない。6匹目がどこへ消えたかわからないからだ。それがいつ戻ってくるとも知れない。もし再び現れたなら、たった1匹であっても、もう二人には戦う力は残っていない。

「馬に乗って」彼女は戦士にそういうと、立ち上がらせようと体を引っ張り上げた。彼の体から伸びた何本もの包帯の端が、風に吹かれてはためいた。デュークのところへ連れて行こうとすると、戦士は力なく抵抗を見せた。そこを無理やり馬に押し上げたのだが、彼はそのまま地面に転げ落ちてしまった。

「まるで水銀と戦っていたかの様だ……。奴らは増え続けたんだ」弱々しいながらも、驚愕の言葉が彼の口をついて出た。そして目を閉じると、もう二度と開くことはなかった。

アイエラは地面に膝を突き戦士の状態を確かめたが、すでに息絶えていた。戦士の遺体は、この場に放置するしかなかった。馬は怪我をしているし、いずれにせよ彼女一人の力では運ぶことはできない。そこで彼女は、彼が横たわっている場所に目印を立てた。どの途、ラーマの木材を取りに戻らなければならないからだ。立ち上がると、戦士と化け物の死体の間に、妖しいほど鮮やかな色をした植物の種のようなものが散らばっているのが見えた。彼女は強く興味をそそられた。だがゆっくり見ている時間はない。急いで片手に掴めるだけ掴むとポーチに押し込んだ。そして、デュークにまたがり、早足でムーンゲートに向かった。馬が通ったあと、ひづめでできた土のくぼみに泥水が染み出た。しばらくすると、土が動いて蔦や草が一箇所に集まり、ゆっくりと塊を形成し始めた。それは脈動しながら次第に大きくなり、大きくなるにつれて、脈も早くなっていった。








4:28 2017/06/05

by horibaka | 2017-04-09 04:27 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 呪文の儀式

いまではユーの腐敗を知らない人も多いかもしれませんが。
かつてユーの土地は長い間腐敗によって汚染されていました。
これはその腐敗が起きたときのお話ですね。



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呪文の儀式

投稿日:2002年4月23日


全シャード
ミーア(Meer)族地下祭室の中、テレポーターの入り口を飾る木彫りのタイルの上に、微かな光が瞬いた。光の明滅が終わると、ダーシャ(Dasha)は一度だけ目をしばたき、猫のような鋭い視線を集中させながら、薄暗い大広間をアドラナス(Adranath)に向かって静かに歩き出した。彼に近づくにつれて、ダーシャの表情は、わずかずつだが緩んでいった。

『やあ、おかえり。ご苦労じゃったな。人間との会合は楽しかったかな?』戦士の治療のために世話しなく動かしている手元から目を離さないまま、アドラナスは言った。

『楽しいというか……ええ、まあ』彼女は魔道師アドラナスの施術が終わるのを待つことにした。戦士の折れた足がポンと元の形に戻り、アドラナスの手を包んでいた光が消えると、彼はようやく彼女に顔を向けて、微笑んだ。

『楽しかったと顔に書いてあるぞ。ずいぶんご無沙汰じゃったが、まだ治癒の腕は衰えていないようじゃ』アドラナスはダーシャに優しい笑顔を見せた。ミーアの戦士は、瞑想を続ける仲間のもとへ去っていった。

『すみません、先生。人間との会合のことを思い出していたもので』彼女はエターナルの近くに腰を下ろした。『私は人間の城で、人間たちと同じテーブルについて話をしてきました。全体的に、とくに嫌な思いはしませんでしたけど、まったく想像もしていなかった世界でした』

『面白かったじゃろう? ワシが観測人(Watcher)として現役じゃったころ、このイルシェナーで見かける人間といえば、つい最近まで、原始的な連中ばかりじゃった。今のようなマトモな人間が現れたのは、彼らが魔法の魔術にかかってからじゃな』アドラナスはくすりと笑った。『それで、彼らの町を見てきたのじゃろう?ブリテイン……とか言ったかな?』

『はい、それはもう驚きでした。人間は、とても……きちんとしていました。なかでも、デュプレ(Dupre)と名のる立派な戦士がおりまして、共にジュカ(Juka)と戦うための同盟を組もうと申し出られまして』ダーシャは鼻で笑いながら言った。『あまりにもプライドが高すぎて、素直に助けを求めることができない様子でしたわ』

『助けてやって困ることはないじゃろう、ダーシャ?』アドラナスは静かにたずねた。『あのときの混乱の中で、ジュカを一気に殲滅してしまおうと焦ったワシがいけなかったのじゃ。ワシがしっかりしていさえすれば、エクソダス(Exodus)がやつらをこっちの世界へ連れてくることもなかったはずじゃ。結果として、人間に迷惑をかける形になってしまった』

『ご自分をお責めになってはいけませんわ、アドラナス先生。かつて私達が宿命だと思っていたものは、今では幻想にすぎません。ただの悪い夢だったのです。先生は、見張り番として十分に貢献されてきましたわ。私は、ジュカの軍隊がミノックに向かっていると、人間たちに警告してまいりました……』

『人間を助けてやらねばならん。我々は、ジュカが罪のない人々を皆殺してゆく様を傍観者として見過ごすことはできん。だからこそ、種族全体を大いなる眠りにつかせることはしなかったのじゃ。ジュカと敵対しているのは、この我々だ。しかし、なぜジュカは我々を攻撃しない。大いなる眠りにつき、まったく未知の土地に移り住んだ我々の戦力が、全体的に低下していることは、ジュカとてよく知っているはずじゃ。それなのに、弱くなった我々を攻撃しないのは、何故じゃと思うね』 彼は立ち上がってうろうろと歩き始めた。『今の我々は、エクソダスにとって脅威ではないのじゃよ。脅威はむしろ、人間なのじゃよ。これは異常な事態じゃ。一刻も早くヤツらを叩き潰さねばならん』

『どうしたらよいのでしょう?』ダーシャは困惑の表情を見せた。

『できるかぎり、人間とジュカが衝突しないよう力を貸すことじゃ。ワシがあんなことをしなければ、ジュカは人間を攻撃したりはしなかった。お前がなんと言おうと、ワシが責任をとる』アドラナスは言葉を止めた。そして、断固とした決意に、岩の面のような彼の顔がさらにこわばった。『ジュカに腐敗の術をかける』

『人間を助けるために、そのような危険な呪文を使うというのですか』ダーシャは立ち上がり、アドラナスの肩に手をかけた。『ジュカはいくつもの町に広がっています。彼らを全滅させるためには、一度に大量に術をかける必要があります。そんなことをすれば、自然のバランスを崩してしまいます』

『そんなことは、するものか。いかなるミーアも、あのときのような行動は絶対にとるべきではない。何があろうとな』アドラナスは、怒りに任せて振るった魔法の力で、一族を死に追いやってしまった苦い思い出を押さえ込もうとするかのように、固く目を閉じた。しばらくして、ようやく気持ちを落ち着けた彼は、言葉を続けた。『ジュカは、ユーという人間の町から襲撃を開始している。我々も、そこから攻撃を始める。しかる後に、他の町をひとつずつ叩いていく』

『でもなぜ、腐敗の術なのですか?もっと他に方法があるはずです』ダーシャはアドラナスの目を鋭く見つめた。魔道師アドラナスは、ゆっくりと頭を横に振るった。

『兵士を送り込んで攻撃を開始するまでには、時間がかかりすぎる。人間を傷つけずにジュカだけを叩ける呪文は、これしかないのじゃ。たしかに、腐敗の術は非常に危険な魔法じゃ。ワシはこの術を受けてもがき苦しむジュカたちを、数え切れないほど見てきた。じゃが、我々が何もしなければ、人間たちが苦しみ続ける』アドラナスはきびすを返し、ゆっくりとダーシャから離れた。そして、足を止め悲しそうな目でダーシャに振り返った。『ジュカはエクソダスと結託しているのじゃよ、ダーシャ。ヤツらは種族の誇りを捨てて、我らに戦いを挑んできたのじゃ』彼は、ほかの魔道師たちのいる場所に向かって、また歩き出しだ。

『これは戦争じゃ。汚いことも、せねばならぬ』

*          *          *

祭室の外、ダーシャは腰を下ろし、エターナルたちを遠巻きに見ていた。彼らは輪になり、両手で複雑な印を切っていた。彼らの動きは、完璧に一致していた。輪の中央では、アドラナスが両手を高々と掲げていた。目を閉じた彼の顔からは、一切の表情が消えていた。彼の心の目には、ユーの町が見え始めていた。閃光のように見えては消える映像の断片が、やがてジュカの完全な映像に変わった。命を奪う者、斬られて死ぬ者が入り乱れ、恐怖に怯え四方に逃げ惑う人々ばかりが見えてくる。しかし、ゆっくりと集中力を高めてゆくと、戦闘の全体像がわかってきた。

アドラナスを取り囲む魔法使いたちは、呪文を唱え始めた。彼らの声は次第に高まり、陰鬱なハーモニーが遠くで見ているダーシャの背骨を振るわせた。そしてそれは、あたり一帯を微かな振動で覆った。魔法使いたちの指の先が光りだした。それらはゆっくりと光の筋を残しながら宙を舞い、互いに絡み合い入り組んだ、燃えるような光のレース模様となって輪を取り囲んだ。光は呪文の声に共鳴して震えているようだった。光の輪は、やがて中心に向かって縮みだし、アドラナスを包み込むと、彼の体は輪の中心からほとばしる、まばゆい稲妻と化した。次の瞬間、魔法使いたちの声が最高潮に達し、永遠に続くかと思われるほど長く、最後の不協和音が唱えられた。すると、アドラナスの体内から放出された巨大な光の波動が天に昇っていった。だがそのとき、彼は、かっと目を見開き、激しい苦痛の表情を見せた。ダーシャは飛び上がり、一目散にアドラナスのもとへ駆けつけた。

アドラナスの心の目には、呪文の光がユーに向かって飛んでいく様子が見えていた。だが一瞬の後、それは小さな光の粒となって地面に墜落してしまった。そのとき突然、映像は真っ暗になり、彼の心に激しい痛みが走ったのだ。

ダーシャが魔法使いを押しのけて輪の中に入ったときには、呪文は完全に終わり、精根尽き果てたアドラナスは地面に崩れ落ちるところだった。ダーシャはアドラナスの体を肩で支え、静かに地面に横たえてやった。彼の目は、まだ遠くの虚空を見つめていた。

『観測人様!』大きな儀式を終えて、やっと我にかえったエターナルの一人が口を開いた。『呪文の感触が……以前に行ったときと違っておりました……』他のメンバーも同意するようにうなづいた。

『アドラナス先生!どうしたのですか』ダーシャはアドラナスの体を優しく揺さぶった。『どこか痛むのですか』

『腐敗の術が……』彼は唸るように言った。『最後に腐敗の術を使ったときから、自然が……魔法が……、歪んでしまっていた……』彼は、気力を振り絞って身を立て直すと、ダーシャの目を見つめて言った。

『何か、とてつもなく悪いことが起きている』








7:19 2017/06/04

by horibaka | 2017-04-08 07:17 | その他 | Comments(0)
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同盟者と敵軍

投稿日:2002年4月15日


全シャード
ブラックソン(Blackthorn)は、埃っぽい大きな机の上に積み上げられた地図の山に目をやった。まばらに立てられたロウソクの心もとない明かりが、壁や天井、それに、かたわらで跪いているジュカ(Juka)の戦士、ケイバー(Kabur)の上に影を躍らせている。彼が神妙に頭をたれているのは、彼の主人であるエクソダス(Exodus)の御前であるからにすぎないことは、ブラックソンにもわかっていた。しかし、ケイバーのうやうやしい態度を見るのは、ブラックソンにとって束の間の腹いせになった。

『まずはユーの都から攻める。我々は、カオスの力でこの国を支配する』ブラックソンは言った。『これよりブリタニアは、正統なる王の真の怒りを知ることになる』

ケイバーが顔をあげると、ブラックソンと視線がぶつかった。ケイバーにしてみれば、いまだ人間であることに変わりがないブラックソンは、さげすむべき存在であった。ケイバーの目には、そんな感情を隠そうとする気遣いすら感じられない。ケイバーにとって人間は、わずかばかりの餌を求めて原野に寄生する原始的で不潔な獣に過ぎない。ところが、この新時代とやらは人間の時代となってしまった。世界のほぼ全体を人間が支配している。都市を建設しそこに暮らす人間。魔法を操る人間。なかでもいちばん腹立たしいのは、自分に命令を下す人間だ。

『我が軍勢に指令を伝えまする……閣下』ケイバーの言葉はほとんど唸り声のようだった。『御身に人間の生き血を捧げまする、ロード・エクソダス!』ケイバーはすっくと立ち上がり、鋭くきびすを返した。彼は今日、大勢の人間を殺すだろう。だが、その中には本当に殺したい相手はいない。ケイバーが部屋を出ると、すべるようにスライド式のドアが閉じられ、ドスンという鈍い音とともに部屋は密封された。

『攻撃には、私の私的な竜騎兵隊も投入する』ブラックソンは声に出して言った。『厳しい訓練を重ねてきた連中だ。しかも、トラステッド(Trusted)の一員になることを熱望している。すべて準備は整えて、私の命令を待っている』

数万匹の虫のざわめきのようなエクソダスの声が部屋に満ちた。『私の情報は役に立っただろう?』

『ああ』ブラックソンは大きなガラス瓶が並んでいる部屋の反対側に向かってゆっくりと歩きながら答えた。瓶の中には、それぞれ姿の異なる生物の標本が、どろりとした液体に包まれ浮かんでいる。『私の研究の結果は、かならず驚きとなって花開く。生命の創造が、そうやすやすと可能になるなどとは、最初から思っていないよ』

ブラックソンは、生物標本の入った大きなガラス瓶をひとつ手に取った。標本は、竜のように見えるが、首の下から、明らかに奇形とわかる5本の足が生えている。背骨は不自然に折れ曲がり、こぶのように隆起している。

『あと一歩だ』

『ロード・ブラックソン、よくぞそこまで立派に軍隊を育て上げたものだ。面白いことに、ジュカですら、彼らを格好の訓練相手だと思っている』エクソダスは自分の声の耳障りな反響が消えるのを待ってから、話を続けた。『ジュカは、もうすっかり時間の旅の疲れもとれて完璧な状態だ。お前の竜騎兵隊も、トラステッドに入りたい一心で、わき目も振らずに恐怖を撒き散らすだろう。すでにこの国は、お前の慈悲の上に成り立っているようなものだ』

*          *          *

『人には心のよりどころが必要だと思う。陛下が定められた徳の精神は、もうほとんど消えかけている。国民の心は散り散りになってしまった』クレイニン(Clainin)は背中を向け、城の窓からブリタニアを見渡した。『陛下の穴を埋められるほどの人間は、もう二度と現れないだろうな』

『ヤツもニスタル(Nystul)も、もういない』デュプレ(Dupre)が答えて言った。『オレたちに任せても、この国の平和と安定は保てると確信していたから、あんな無茶ができたんだ。もうこの国には、あいつに代わる王は現れないだろう。だが、国民の立ち直りは早い。オレは人の底力を信じてる。もちろんお前も頼りにしてるよ、クレイニン。大丈夫、心配は無用だ』デュプレは魔道師クレイニンにやさしく微笑んだ。

『心配性は生まれつきだ』クレイニンは眼鏡をはずして目をこすった。『この短い時間に、あまりにも多くの物事が変わってしまった。私はガーゴイルの研究に没頭していた。それだけで手一杯だったのに、そこへミーア(Meer)と……チュカ……だったか?』

『ジュカだ』デュプレが訂正した。

『ジュカ……そうそう、それとミーアが同時に現れた……。ミーア!ああ、すまん、デュプレ。君の話の途中だったな。それで、イルシェナーのほうは、どうなんだい?』

デュプレは、ぴったりくる言葉が見つからずに苦労しているように見えた。『ミーア族はその……、とても内気で、とてもプライドが高い。ジュカと違って我々に敵意は持っていないようだが、我々と出会って心から喜んでいるようにも思えん。オレが話ができたのは、ダーシャ(Dasha)というミーアの女性一人だけだった。かなり位の高い女性のようだった。もっとも、彼らの社会に階級があればだが』

『招待を受け入れてくれたのか?』クレイニンが口を挟んだ。

『ああ……、そう思う。オレは王国を代表で、友好関係を築くためにあなたを城に招待したいと、そう告げたんだ。彼女は、オレが言ってる意味をよく理解していたかどうか怪しいんだが、興味はありそうだった。来るとしたらダーシャ一人だと思う。そのほかの連中は、みなジュカとの戦いに備えて体力を蓄えているところだと、彼女は言っていたからな』

『やっぱり関係があるんだ!』クレイニンが言った。『ふたつの種族が同時に現れたと言うことは、戦争の為?』

『それもあり得る』デュプレはため息混じりに答えた。『ダーシャによれば、彼らの戦争は数百年間、絶え間なく続いているそうだ』デュプレはクレイニンのテーブルに体重をかけて身を乗り出した。『ブリタニアが戦場になるかもしれん』








7:37 2017/06/03

by horibaka | 2017-04-07 07:36 | その他 | Comments(0)