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カテゴリ:その他( 206 )
BNNアーカイブ 契約と代償

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契約と代償

投稿日:2003年2月14日


Mizuho
こんばんは、諸君。昨日は良い夢を見れたかな?これから話す物語は、ある有り触れた農夫に巻き起こった、それでいて類稀なる、奇奇怪怪な品物だ。常人には理解する事が難しいだろうが・・・。しかし世の中には、確かにこんな話が実在するのだ。そういう話を聞くのも良い経験になるだろう。どうか足を止めて耳を傾け、私の話を聞いて欲しい。もし機会があるならば、是非とも貴方にも体験して欲しい物語だからね。*evilgrin*





昼間の晴天が、まるで嘘のような嵐の晩だった。激しい風の中、館とは呼べぬぼろ小屋が、家主を風から守ろうと頑張っている。その家主である農夫は、ふとドアをノックする音に気付き、歩み寄った。こんな晩に、いったい誰の来訪だろう?ドアの取っ手に手をかけると、何時もなら軋んだ音を立て不平を鳴らす木戸が、すーっと開いた。
「どなたさんかね!?」問い掛け、ランタンで照らしたその先には、真っ黒な、そう、漆黒と言っていいほどの、深い黒味のあるローブに身を包んだ男が立っていた。そして、目の在るべき所からは、異様な赤い光が放たれている。
「!!」この客は・・・、人間ではない。農夫は知識からではなく、本能から悟った。そして次の瞬間、その彼の声が耳からではなく、直接頭に聞こえてきたのである。

黒衣の男「農夫よ・・・、農夫よ」
農夫「・・・・・・」
黒衣の男「そう脅えるでない、農夫よ」
農夫「おらは、死んだだか?いや、殺されるだか・・・」
黒衣の男「殺す!?それが望みなら今直ぐにでも叶えるが?」
農夫「!!」
黒衣の男「それがお前の望みでは無いはずだ。そうだろう」
農夫「おらの、望み?」
黒衣の男「貴族となり大きな屋敷に住み、美人の嫁を貰って裕福に暮らす、それがお前の見る夢だ。そうだな?」
農夫「・・・。そうだ、おらは金持ちになりてぇ・・・」
黒衣の男「ならばその願い、私が叶えてやろう」
農夫「本当だか?いや、そんな上手い話あんめぇ」
黒衣の男「なぁに・・・、お前には直に娘が授かる事になっている。その娘を私に差し出すだけでいい。それがお前の夢を叶える条件だ」
農夫「おらん所には、嫁っこなんぞ居ねぇ、誰も来ねぇだよ」
黒衣の男「貴族に成ってしまえば、此の世の殆どは思いのままだ。金も、女も力もな。違うか!?」
農夫「本当だか?生まれてくる娘を差し出せば、おらは貴族になれるだか!?」
黒衣の男「ああ本当だ、約束しよう。さぁ誓え、契約の時間だ」

永遠とも思われる一瞬が過ぎ去った後、農夫は絞るように声を出した。その表情からは迷いが消え、決心と打算が見て取れる。

農夫「・・・誓う、誓うから望みを、おらを貴族にしてくれ!」
黒衣の男「クックックックックッ、良いだろう。契約は成立だ。娘が二十歳になったその年に、必ず迎えに行くからな。ゆめゆめ忘れるな?」
農夫「・・・・・・」

強風が吹き荒れ、ドアを力強く叩き閉める。その音で農夫はやっと我に返る事が出来た。悪い夢だったのか!?いや、そうではない証拠に、雨と汗の滴りでその体は冷たく濡れそぼっていた。農夫は薄ら寒い思いを感じながら、口の中でなにやら呟くと、ベッドへともぐり込み寝入ってしまった。





この後、農夫がどうなったかだって?どうやら興味が出てきたようだ。教えてやるのは簡単だが、そうもいかない。今度は自分のその足で情報を得て、自分の目で真実を見つめる番だ。冒険者諸君よ、この物語が諸君らと共に在らん事を私は祈っているよ。それじゃあまた、何処かで会えることを楽しみに・・・。







5:28 2017/06/22

by horibaka | 2017-04-26 05:26 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ Part I:復活 - 現実

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Part I:復活 - 現実

投稿日:2003年2月4日



「マラス(Malas)だって?」グレイン(Greyn)は地平線を見渡した。太陽は熱い砂の上で踊る陽炎に揺らいでいた。だが、彼の弟と、2人の親子と、彼らが乗ってきた馬以外は、生命の気配がまったく感じられない。「初めて聞く地名だ」

ファラ(Fallah)はグレインから目をそらして言った。「知らないはずです」彼女は歩き始めた。

グレベル(Grevel)は咳払いをすると、悲しげな目で兄弟を見つめた。「あんたたちには、この場所について言っておかなければならんことがある。聞いて嬉しい話じゃないがな。あの渦巻きに落ちて、2人揃って無事にここへ辿り着けたのは、本当に運がよかった」

「どうして渦巻きのことを知っているんだ?」モーディン(Mordin)が尋ねた。「近くに他の船はいなかったし、かなり沖合いのことだったから……」

「マラスの人間なら、みんな知ってるよ」グレベルはモーディンを遮って続けた。「みんな、そいつに飲まれてここへやって来たんだからな。だから、オレたちはこの湖を入口の湖“ゲートウォーター”と呼んでるんだ。渦巻きに飲まれた人間は、みんなこの砂浜に打ち上げられ」 グレベルは一呼吸入れた。「何十年もかけて、みんなでブリタニアに戻る方法を探したが、いまだに見つかってない。気の毒だが、あんたたちはもう、ここからは出られんのだよ」

モーディンは目を大きく見開き、グレインの脇に跳び下がった。「ボクたちは島流しってわけか?」

「いや、そんなんじゃない。ここの住民に悪い者はいない。みんな単なる漂流者だ。罪人じゃない」グレベルは水を一杯コップに注いでモーディンに差し出した。モーディンはそれを受け取り、ゆっくりと飲み下した。「ファラとオレは、今から10年前にここへ流されて来た。ここへ来てまだほんの数年っていう者もいれば、20年以上もここで暮らしている者もいる。ここから馬で少し行ったところに、オレたちの村がある」

グレインは水辺に歩み寄った。「だけど、ただの嵐だったんだ。たしかにかなり大型だったけど、元の世界に戻れないほど遠いところまで流されるなんて……、だけど、あんたさっき、これは湖だと言ったな?」

「ここには海はないのよ」ファラが優しく答えた。

グレベルは、兄弟たちの肩をしっかりと掴んで言った。「あんたたちには、話したり見せたりするものが山ほどある。村に帰れば、きれいな服も温かい食事もある。すぐには受け入れられないだろうが、とにかく村に帰ろう。砂丘の夜は冷えるからな」

グレインはうなづいた。「グレベル、あなたがたの親切には感謝するよ」彼はグレベルの手を握った。「私はグレイン・グリムズウィンド。そしてこれは弟のモーディンだ」

ファラとグレベルは一瞬身を凍らせ、表情を失った。

「グリムズウィンドと言ったかい?」グレベルは立ち止まり、悲しい目でグレインを見つめた。「ブレビノール・グリムズウィンド(Brevinor Grimmswind)と同じ、グリムズウィンドか?」

モーディンが振り返った。「それは父だよ!ここにいたのか!」モーディンはグレインの両肩を掴んで言った。「言っただろう、兄さん! 兄さんはあきらめようと言ったが、ボクは絶対に見つかると思ってたよ!」

「ここにいたよ。だが、1日に2つも悪い知らせを伝えるのは辛いんだが、父上はもういない」

「だけど、ここから離れる方法はないはずだろ!」モーディンが聞き返した。

「あんたたちの父上は、4カ月前に亡くなった。できることなら、こんな形で伝えたくはなかった。父上は、地図を作るための測量の旅から戻る途中に、クリスタル・エレメンタルに襲われたみたいなんだ。オレたちが発見したときには、もう手遅れだった。父上は、オレたちの村に欠かせない人だった。村の者たちはみんな、父上にはさんざん世話になった。オレたちは、あの人を元の世界に返すためだったら、なんでもした。あの人は、あんたたちにもう一度会えるとわかったら、どんなことでもしたはずだ。家に帰ってあんたたちの顔を見るという希望を、最後まで捨てていなかったよ」

モーディンの目に涙があふれ出た。彼は両手で顔を多い、その場に膝から崩れ落ちた。


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モーディンはグレベルの前に、グレインはファラの後ろに座り、4人は2頭の馬に分乗してゆっくりと村に向かった。砂丘を北へしばらく進むと、やがて緑の草と花に覆われた場所に出た。

「父さんは、相変わらず親馬鹿ぶりをさらけ出していたようだね」グレインは笑って言った。「父さんのことを考えると、オレたちが来たときに村のみんながわかるように、2人の肖像画を掲げていなかったのが不思議なくらいだ」

「そりゃあ、あんたたちを自慢に思ってらしたよ」グレベルは言った。「あんたはブリタニアで最高の騎士になる。モーディンは世界をひっくり返すほどの魔法使いになる。心の底からそう信じておられた。この村には、腕のいい鍛治師がいる。あんたには上等な剣を作ってくれるだろうよ。魔法用品の貯蔵所もある。何年か前に海岸で見つけたんだ。モーディンが使うと聞いて、反対する者はいないさ」

モーディンの表情は虚ろなままだった。彼の頭は、馬の歩調にまかせて左右に揺れていた。「そうですね」

「ひとつわからないことがあるんだ」グレインは言った。「ファラ、マラスには海がないと言っていたけど、山に囲まれているということか?」

ファラは大きな茶色の瞳を父に向けて助けを求めた。グレベルはニヤリと笑い、また前を向いた。ファラはわずかにグレインのほうに体を傾け、ささやくように答えた。「今にわかるわ」

馬がなだらかな丘の頂にさしかかると、グレインは皿のように目を見開いた。「こいつはたまげた!」グレインは馬の腹を蹴った。馬は早足になり、びっくりしたファラは小さな悲鳴をあげたが、やがてそれは笑い声に変わった。彼が遠くに見たものは、ファラとグレベルが話していた村だった。村は崖の縁に横たわっていたが、崖の下には何もない。ファラの上に身を乗り出すようにして、グレインはますます馬を激しく走らせ、村の真ん中に駆け込んだ。グレインが手綱を引いたのは、崖の縁から馬もろとも2人が転落しそうになる直前だった。グレインは馬を降りるとそのまま崖縁まで走り、滑り落ちないよう四つん這いになって崖の下を覗き込んだ。彼の目には、マラス全体が夜の闇の中にぽっかり浮かんでいるように見えた。「なんてことだ、こいつはまた……星の海だ! モーディン、見てみろ、星の海だ!」

グレインは誰かが肩に手をかけたのを感じて振り返ると、ファラが笑いながら立っていた。「これを海と呼ぶなら、そうね、たしかに海はあるわ」ファラはかすかに顔を赤らめ、やがてきびすを返して、こちらへ向かってくる父とモーディンのほうを見やった。

「おまえさんたちが来たことを村の連中に知らせてくる」とグレベルは言った。「ブレビノールの息子たちが来たと言っても、みんなすぐには信じないだろうな」

モーディンはゆっくりと歩み寄ると、グレインの脇に立って虚空の星々を眺めた。

「ねえ、兄さん」

「なんだ、モーディン」

「グレベルは、父さんがここでたくさんの地図を作ったって言ってたよね」

「ああ。それはオレたちのものだとも言ってたよ」

モーディンは、この数日間のこと、そして父のことを思い起こしながら、しばらくの間、虚空を見つめていた。

「兄さん?」

「ん?」

「ここを探検しよう」

暗闇のどん底で、2つの暗い心が重なり合い、ひとつの希望の和を生み出した。……地図を使おう。そこからまたすべてが始まる!








5:32 2017/06/21

by horibaka | 2017-04-25 05:30 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ Part I:復活 - ゲートウォーターを抜けて

このストーリーは、「正邪の大陸(AOS)」でマラス大陸が追加されたときのお話ですね。
ちなみに八雲はAOS世代なので、はじめたときからマラスはありました(^^;;



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Part I:復活 - ゲートウォーターを抜けて

投稿日:2003年1月20日



グレイン(Greyn)が見張りを務めるマストのてっぺんからは、ブリタニアの大洋が果てしなく続いているように見えた。船の周囲では、嵐が近づくにつれてうねりが高くなっている。空は黒い雲に覆われ、まるで世界全体が使い古して毛羽立った毛布に包み込まれたようだった。彼はマストにしがみ付いた。風は次第に冷たく、船の揺れは大きくなり、波はますます機嫌を悪くしていく。甲板を見下ろすと、船首の近くに弟のモーディン(Mordin)が立っていた。彼が海図に見入るその姿は、間近の危険などまるで眼中にないといった様子だった。

「モーディン!引き返すぞ!」グレインは叫んだ。しかしモーディンは、海図を見つめたまま、黒い巻き毛を激しい潮風になびかせる以外は、身動きひとつしない。渦巻く波と風の唸りとハイウィーター号(Highwater)の船体がきしむ音に自分の声がかき消されてしまったのか、それとも弟は、また周囲の状況が見えなくなってしまっているのか、グレインには判断が付きかねた。

「モーディン!」グレインは怒鳴った。それでもモーディンは動かない。「あの馬鹿は、ドラゴンが突進してきても、ぼんやり突っ立ってるヤツだ……」グレインはぶつぶつ文句を言いながらマストを下り、甲板に立った。「モーディン、船の向きを変えるぞ、手伝え。この嵐じゃ、オレたちにはとても歯が……、モーディン?」彼は甲板を踏みつけるようにしてモーディンのところへ歩いて行くと、彼の目の前に立ち、小柄な弟の顔を見下ろした。モーディンの黒くて長い髪は風にもまれ、怒った猫の尻尾のように背中で暴れていた。それは、彼のギラギラとした鋭い眼差しによく似合っていた。

「兄さん……西へ行こう。西はまだ見てないだろ。西を確かめなくちゃ」モーディンは海図から目を離さずに言った。

「それより空を見ろ。今すぐ引き返すんだ」グレインは海図を手で押しのけた。そうしてようやく、グレインはモーディンと目を合わせることができた。「急いで逃げないと、オレたちはこの嵐の昼飯にされちまうぞ」

「でも、まだ西を見てないじゃないか、兄さん。西にいるかもしれないんだぜ」モーディンの眼差しは力強く、しかし悲しげだった。

「もう2年も探して会えないでいるんだぞ」グレインは弟の肩を掴んで言った。「無茶をすれば、会えるもんにも永遠に会えなくなる」

グレインはため息をつき、遠くを眺めた。「もう一度、ゆっくり考え直すべきときかもしれない」

「どういう意味だ」モーディンは食ってかかった。

グレインは甲板をゆっくり歩きながら言った。「1年以上もかけて探し歩いてきたんだ。オレだって、お前と同じぐらい父さんに会いたいよ。だが……モーディン、現実を見つめるんだ。父さんはもう帰ってこない。帰る気があるなら、とっくに帰ってきてるさ」

「父さんは冒険家なんだぜ。どこにいようと元気でやってるさ」モーディンは西のほうを見て言った。

グレインはがっくりと肩を落とした。同じことを何度言えばわかってくれるのだろうか。「もし、父さんと生きて再会できる運命にあるなら……」

「生きてるさ」

「再会できる運命にあるなら、いつかかならず会える。だが、今ここでハイウォーターもろともオレたちまで海に飲み込まれたら、すべてが水の泡だ」モーディンの表情は虚ろなままだった。「針路を変える。手伝え。この嵐は、しばらくここに留まりそうだからな」モーディンは未練がましく再び西の方角に目をやると、しぶしぶ兄の手伝いを始めた。

嵐から抜け出ようと黒い雲の下を何時間も航行したが、泡立つ高波はますます激しくハイウォーター号を揺さぶり、船体は気分を悪くした海の怪物のような悲鳴をあげた。風の強さが尋常ではなくなったため、兄弟は慌てて帆を畳んだ。あとは、容赦なく叩きつける波しぶきに目を開けることもままならず、2人は甲板の手すりにしがみついているのがやっとだった。

「こいつは普通じゃない!」グレインは吹き荒れる風のなかで叫んだ。

「完璧な兄さんが判断を誤るなんてな!」モーディンが怒鳴り返した。

「そうじゃない、ハイウォーターだ!この船の様子が変なんだ!」大きな波に煽られ、無理な力に抵抗して甲高い音を立てるマストに気を配りながらグレンは答えた。「船の速力が増してる!帆を畳んだのに、前より速く動いてるんだ。オレたちは流されてるんだよ!」

激しく打ち付ける雨の中でモーディンは大きく目を見開いた。「兄さん!潮の流れがこんなに速いのは、たぶんアレのせいだ」

グレンは船首のほうへ目を向けると、そのまま表情を凍らせた。驚いたグレンは、甲板の上に身を乗り出し、遠くの海面を凝視した。グレンには、そこで海が突然途切れ、海が虚空に流れ落ちているように思えた。しかし、嵐にかすむ水平線をよく見ると、それは海の中の巨大な割れ目だった。その周囲では、いくつもの潮の流れが合流している。ハイウォーターは、その割れ目に引き込まれるように、ぐんぐん速度を上げてゆく。咄嗟にグレンは、そこに待つ自分たちの運命を悟った。

グレンはきびすを返すと必死の思いでモーディンに駆け寄った。「渦巻きだ!しっかり捕まってろ!渦巻きだ!モーディン!どもでもいからしっかり捕まって、絶対に手を離すんじゃないぞ!」

船は、まさに嵐の中の砂粒のように、ものすごい速さで渦巻きに引き込まれていった。ハイウォーターは渦巻きの縁に達すると、甲板の兄弟を放り出さんばかりに、恐ろしげに回転する水面に沿って大きく右に傾いた。そのまま船は、さらに速度を上げ、風切り音を立てながら渦巻きの内壁に沿って回転を始めた。槍のように横殴りに渦巻く雨を通して、モーディンは渦巻きの口が遠ざかるのを眺めていた。船は、巨大な海の壁を下へ下へと落ちているようだ。深度を増すにつれ、周囲は次第に暗くなり、やがて船は漆黒の闇に包まれてしまった。モーディンが最後に聞いたのは、マストが粉々に砕け散る音だった。


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肌をかすめてゆく寒さ以外に何も感じなくなってから、何年もの時が経ったような気がする。光も音も、空気や温度さえも消えうせ、ただ猛烈な速度で吹き抜ける冷たい闇だけが存在しているようだ。相変わらず渦巻きの中でもみくちゃにされている状態にありながら、なぜか周囲は静かだった。自分は死んでしまったのか、あるいは何らかの方法で無意識状態の自分自身を感じているのか、モーディンには判断がつかなかった。体の感覚はなくなっていたが、混乱に襲われながらも、頭で考えることはできた。時間はどこかへ飛んでいってしまったようだ。だが、永遠の中に閉じ込められたという気もしなかった。

光が闇を貫き、モーディンの混乱を打ち砕いた。その瞬間、暗く荒れ狂う波にもまれ回転するハイウォーター号の手すりにまだしがみついている自分自身を、彼はかすかに見ることができた。船体は真っ二つに折れているようだった。へし折れたマストは、ギザギザの折れ口を壊れた甲板から突き出していた。ぐるぐると回る光の中に、一瞬、グレインの姿が浮かび上がった。だが、生きているのか死んでいるのか、そこまでは確認ができなかった。光は、闇を切り裂くように次第に強くなっていった。船は不安定に揺れながら、その光に向かって進んでいる。光る裂け目の中へハイウォーター号の残骸が流れ込むと、光はどんどん大きくなり、ついには、さっきまで彼らを包んでいた闇に代わって光が周囲に広がった。同時にモーディンの感覚は薄れていった。

光は、現れたときと同じように、突然消えうせた。そしてモーディンは、再び闇に落ちた。


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「この人は大丈夫そうだよ、ファラ(Falah)」

モーディンは手足に体温が戻ってくるのを感じとった。そして、閉じた瞼の外側で光と影が動いている様子を感じることができた。顔と髪の毛には砂粒の感触。ローブはぐっしょり塗れている。彼の目に再び周囲の様子が映し出されてゆくと、そこには彼に覆いかぶさるようにして立ってる大男の姿があった。彼は微笑んでいた。少し離れた場所では、若く美しい女性に支えられてグレインが立ち上がろうとしていた。

「ここは……いったい?」モーディンは立ち上がろうとしたが、足に力が入らずよろけてしまった。すかさず大男が彼の肩を掴み、転ばないように立たせてくれた。

「慌てなさんな。まあ、落ち着いて」男は低い声で言った。「あそこを通ってきて、五体満足でいられるだけでも感謝しなくちゃな。このゲートウォーター湖(Gatewater Lake)の岸にゃ、生存者と同じぐらいの数の死体があがる」

グレインは、若い女性に支えられながら倒れ込むようにしてモーディンに駆け寄ると、彼の頭を両手で掴んで言った。「無事だったか、モーディン?」

「ああ……うん。そうみたいだ」モーディンは呆然と答えた。しかし、兄を見つめる彼の顔からは、かすかに笑みがこぼれた。モーディンは、自分を助けてくれた男のほうを振り返った。「ここはどこですか?トリンシックからは遠いのですか?」そこは、彼らのほかには見渡すかぎり水と砂の土地だった。

男は気まずそうに若い女性のほうを見ると、モーディンに向き直って答えた。「ああ、気の毒だが、トリンシックはずっと向こうだ。オレはグレベル・ブランズマン(Grevel Brandsman)。そしてこれは、娘のファラだ」彼は女性を指し示した。

彼女は兄弟に微笑み、小さな声で言った。「ようこそ、マラス(Malas)へ」







5:11 2017/06/20

by horibaka | 2017-04-24 05:09 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ ダーク・ファセット

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ダーク・ファセット

投稿日:2002年12月23日





オリジナルのブリタニアには、不死の宝珠(Gem Of Immortality)の破片、すなわち“シャード”があり、ウルティマ オンラインの世界はこの中に存在しています。ここに紹介するのは、シャード研究の第一人者であるひとりの魔法学者の評論です……

クレイニン(Clainin)著、不死の宝珠の残骸に関する記録『シャードの観測』より抜粋。
若輩魔法使いだったころの私は、その昔に異世界の来訪者が破壊した不死の宝珠の力について、思いを馳せたものだ。モンデイン(Mondain)は恐ろしい悪魔だった。彼は完全な形をしていた不死の宝珠の力を操り、全ソーサリアを手中に収め、たった一人ですべてを支配した。これをもし、善良にして高徳な人物が手にしていたなら、同様に強大な力を発揮して世界の悪を抹殺できただろうか? 私は、宝珠が人の役に立ち、ブリタニアに悪が芽生えれば、片端から根絶されるという夢の世界に憧れを抱いていた。そのため、宝珠が破壊されてしまったことを悔やみ、別の方法でモンデインを倒し、宝珠を無事に奪い返す手立てはなかったものかと考えた。しかし、シャード研究を重ねるにつれて、かつて私を魅了したユートピアの空想は、無知な若者の青臭い夢物語に過ぎなかったと思い知るようになった。宝珠の中に、どす黒い怨念が封じ込められているという推測を裏付けるに足る証拠が出揃ってしまったからだ。

過去の評論でも解説したように、不死の宝珠は、破壊されると同時に私たちの宇宙と深い繋がりを持つようになった。その結果、それぞれの破片の中にソーサリアの複製が生じたのである。前回の評論では、そのすべての複製世界に私たちの複製が暮らしていて、それぞれ異なる人生を歩んでいる可能性があると私は述べた(私はときどき、私自身の複製もそれらの世界に存在するのか、また彼らはどんな人生を送っているのかを無性に知りたくなることがある)。複製ソーサリアは、私たちの目には宝珠の破片の中に浮かぶ小さな天体としか映らないため、その世界の詳細な様子を見ることは難しい。しかし、いろいろなことがわかってきた。シャードは、もともとの不死の宝珠の形をとどめてはいない。同様に、その中の複製世界も、元の世界とまったく同じではないのだ。各シャードのそれぞれの結晶面“ファセット”には、それぞれ異なる世界が存在する。比較的大きく、均一な形をしたファセットでは、私たちが住む元ブリタニアと比べると地形の一部にわずかな差異はあるものの、ほぼ正確な複製の世界を見ることができる。それに対して、小さく歪な形をしたファセットには、このブリタニアとは似ても似つかぬ世界が存在している。その住人たちの文明も、私たちが知るどの文明とも大きくかけ離れたものに違いない。通常はどのシャードにも、山脈に囲まれ白く浮き出た大都市を中央に構える大陸を有する、際立ったファセットと、南部に湿地帯、北部に砂漠という古代の地勢を残す原始大陸のファセットがひとつずつある。これはあくまで私の仮説だが、不完全な、ときとして鋭い角を持つファセットの形が、元はブリタニアの複製であったものを奇妙な別世界に変形させてしまったのではないだろうか。世界を収納している容器の形が変われば、空間、時間、魔法といったあらゆる要素も、新しい形の世界に適合するよう変化するはずだ。さらに、それぞれのファセットで、過去、現在、未来が新しい形と辻褄を合わせるように劇的に変化してしまっていることは十分に考えられる。つまり、時系列の遡及訂正だ。こうした世界の遠い昔や遠い未来に、いかなる奇怪な新文明が築かれたかと問われても、私たちの想像が及ぶところではない。

シャードの住民は、ファセット間を移動できるようだ。シャード内のひとつのファセットから別のファセットへの物理的な旅行はどう見ても不可能だが、魔法か、あるいはムーンゲートを使えば可能性はある。前にも述べたとおり、シャードの外から眺めることしかできない私たちには、正確なところはわからない。しかし、一部のファセットには、人類または高度な知的文明の流入によってのみ起こり得る変化が明白に現れているのだ。それまで明らかに無人だったあるファセットでは、城のような建造物が突然に出現した。また別のファセットでは道路が延びてゆき、森が切り開かれる様子を目撃している。そこに私は疑問を抱き続けてきた。これらのファセットは、なぜこれほど長い間完全に無人のまま放置されていたのか、それがなぜ今になって突然人の手が入るようになったのかと。そして今、私はひとつのヒントを手に入れた。それは、パズルの新しい局面を開く新しいピースだと私は信じている。

すべてのシャードには、ひとつだけ他とは明らかに異なるファセットが含まれている。私はそれを暗黒の結晶面、すなわち“ダーク・ファセット”と呼んでいる。ダーク・ファセットは、そこだけ光を吸収しているかのように、全体が闇に包まれている。そこにも世界が閉じ込められているのだが、それは私が夢想だにしていなかった世界だった。大陸は、全方位に広がる巨大な虚空の中央に位置している。まるで、暗い星の海の中に浮かぶ大きな島といった感じだ。自然の法則をどれほどまでに捻じ曲げれば、このような世界が存在可能になるのか、私には見当もつかない。世界全体が大きな魔法によって保持されているのだろうか。この謎は、残りの生涯をかけて考えても解明されることはないだろう。それどころか、知れば知るほど深まるばかりだ。

私は幾度となく、ダーク・ファセットで起こった天変地異を目撃してきた。少しずつ大陸が崩壊してゆくのだ。まるで巨大地震によって大地が切り崩され、その破片が次々と暗い奈落に落ちてゆくように見える。ダーク・ファセットでは、そうした大災害の度ごとに、そこに暮らす生命も一緒に消滅したかのように見える。それまで続いてきた人類社会の発達の印は途絶え、都市も闇の中へ消え去ってしまうからだ。しかし、あらゆる生命の痕跡が失われたと思いきや、やがてまたダーク・ファセットにどうした理屈からか文明が蘇る。そして、崩壊のプロセスが新たに繰り返されるのだ。これを踏まえて今、私の過去の記録を読み返してみると、ダーク・ファセットの世界が崩壊した直後に、同じシャードの別のファセットに人口の増加が認められる。このことから、ダーク・ファセットの大災害は、そこと繋がりを持つ他のファセットとの間に何らかの関連性があると結論せざるを得ない。障壁のようなものが崩れ始めているのだろうか。さらに私は、あのダーク・ファセットを包んでいる巨大な影が、モンデインの悪意を反映したものではないかと思えてならない。それは、ダーク・ファセットの中の世界と同様に、醜く捻じ曲がった怨念だ。

以上の謎は、シャードの中の世界に入り実際に探索しない限り、永遠に解くことはできないだろう。少し前までは、その奇怪な現実世界をぜひこの目で見てみたいと願っていたのだが、今は、その世界の住人に対する恐怖心が先に立つ。そこには、私たちの想像を絶する恐ろしい魔物が潜んでいるように思えてならないからだ。








5:13 2017/06/19

by horibaka | 2017-04-23 05:11 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ Sakura

このストーリーは、桜シャードが誕生したときのお話ですね。
悲しくて切ないお話ですが。。。
いまでも桜シャードにだけ、その場所には1本の桜の木があります。



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Sakura

投稿日:2002年10月21日


全シャード
サクラ(Sakura)はブナの林に奇妙な光る物を見つけた。激しい胸騒ぎがした。それが奇妙な物体ではなく、良く知っている物だったからだ。

「ムーンゲート・・・」ムーンゲートがここにある事の意味は、彼女には明らかだった。

「ママ?」

「ごめんなさい、ママちょっと用事があるの。先にパパの所に行っててくれる?」

「うん!ママも早くね!」笑顔で応え、見送ったサクラの顔は蒼白だった。サクラはムーンゲートに近づき、その向うへと一歩踏み出した。





「やあ・・・」男はばつが悪そうに声をかけた。

「本当にすまないと思っている。君は今はもう家族を持っている身だし、十分ソーサリアに身を捧げてきた。それに・・・」表情を変えず、自分を見つめるサクラを見て、大きくため息をついた。

「君に言い訳をしても仕方がない事だったな。これを見て欲しい」男はバッグから水晶を取り出した。

「これは・・・」それは水晶の破片だった。3つの破片が癒着しかけており、その間にもう一つの水晶ができあがりつつある様だった。

「そうだ。破片だ。3つの破片がお互いに結合しかけている。しかも信じられない事だが、その間にもう一つ破片が形成されかけている」

「あり得ないわ。砕いた時にその力も粉砕されたはず。自ら再生する事なんて・・・」

「私もそう思う。だが、破片は結合され、生成されようとしている。どうにか阻止しなければならない。最低でも結合だけは防がなければ」

サクラの顔は人形の様に白く、青ざめていた。破片に落としていた視線を男に戻した。男も顔色を失い、表情も窺う事ができなかった。二人の視線が合った時、男は言った。

「行ってもらえるか?」サクラも驚いた様子はなかった。

男の顔はいよいよ蒼白になっていた。視線は4つの水晶へと向けられていた。





「入りたまえ!」男は元気良く階下の声に応えた。

「失礼します市長。ちょっとご報告申し上げたい事が・・・」

「なんなりと言いたまえ。祈願碑兼醸造所の出来がすばらしく、私はもういつでも上機嫌だよ!ただ、建設地の地割れだけが少々心配の種ではあるが」

「そう、その地割れの事なのです、フィニガン(Finnigan)市長。突然地割れが消えてしまいました」フィニガンは立ち上がり言った。

「ほう!割れた地面が閉じるとは尋常ではありませんな!一体なにがあったのですか?」

男は頭を掻いて言った。

「それが・・・よく分からないのです。現場を視察に行くと、地割れが影も形もなくなっており、そこに桜の木が一本生えていました」フィニガンは男に背を向けた。

「奇妙。奇妙ですねそれは。何か見えざる力が働いたかの様な、何とも言えない奇怪さを感じますね」

男は本に書き留める準備をしながら尋ねた。

「調査団を編成なさいますか?」背を向けたままフィニガンは言った。

「そうですね・・・調査官を一人と助手を一人」

「・・・調査官と助手一人、ですか?」

「はい。二人で結構です。どうも私にはもはや何も手がかりが得られない様な、すばらしくも悲しい様な予感がするのです」

少し間をおいて、男が応えた。

「かしこまりました。すぐに手配いたします。あ、それともう一つ、スカラ・ブレイのクリフォード(Clifford)代表が行方不明との事です」

「卓越したレンジャーが行方不明とは。奇妙な事は続くものですね。必要であればいつでも捜査に協力するとスカラ・ブレイに連絡しておいて下さい」





男は岩に座っていた。いつから座っていたか、彼自身すぐには思い出せなかった。日が昇るのを7度までは数えていたが、その後はよく分からなくなっていた。不意に男は顔を上げた。遠くから羊の鳴き声が聞こえた。牧童が羊を追いながら、彼の前にさしかかった。

「旦那、随分深刻そうな顔をしてなさるが、追い剥ぎにでも会いなすったか?」男はぼんやりと牧童を見つめていたが、思い出した様に口を開いた。

「人を待っているんです」再び口を開くのに随分時間がかかった。

「どうしても会って、連れ帰らなければならないんです」

「はあ、待ち人ですか。もう随分経ちますか」男はまた応えるのに時間を要した。男の答えを聞いて牧童は鼻白み、男の膝に手を置いて話した。

「旦那、そのお方にはきっと事情がありなすったんだと思いますよ。一度お帰りなさい。旦那がどうにかなっちまう。なに、その方ともまたすぐ会えますよ」

ぽんと男の膝を叩き、酒を渡して牧童は歩いていった。牧童と羊の群れが道の向うに遠ざかり、小さくなって遂には消えても、男は動こうとしなかった。男はバッグの口を開いた。そこには4つの水晶の破片があった。4つともばらばらに、バッグの中に転がっていた。随分長い間、男は水晶を見つめていた。男は口を開いた。

「破片は守られた。彼の地に同じ名を持つ木を植えて、水晶にも名を残し、再び会う時まで君の記憶を残そう」

その直後男の姿は消えていた。水晶は後に発見されている。その水晶は誰ともなく名付けられ、今ではSakuraと呼ばれている。









7:34 2017/06/18

by horibaka | 2017-04-22 07:43 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 労働者

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労働者

投稿日:2002年10月6日


全シャード
地面のずっと下、土と石の穴の中で、2人の労働者が1日中、忙しく動き回っていた。彼らは、このじめじめした暗い穴倉で働くことを無常の喜びと感じていた。早足で戦士の一団が駆け抜けたり、岩のトンネルの奥から剣や鎧がぶつかり合う音が響いくるといった騒ぎは、2時間前に収まっていた。もっとも、その程度のことで気が散るような2人ではない。彼らは女帝直々の命を受けて仕事をしているのだ。しかも、彼らは仕事をしながら新しい遊びを発明して、結構、楽しくやっていた。

『……じゃあ、科学者人生でいちばん恥ずかしかった体験ってのはどうだ?』ボルビン(Borvin)がクレット(Krett)に言った。

クレットは、大きな泉りの脇に組み立てている背の高い装置から顔をあげ、考え込むように顎をなでながら答えた。『いちばん恥ずかしかったこと……ですか。そりゃ、んー、むずかしいなぁ』工学博士は再び装置に向き直り、中に工具を握った腕を突っ込むと、何やら甲高い音を立てた。『それはその……、ふむ、難しい質問だよ』クレットは暗闇の中でかすかに顔を赤らめた。『たくさんありすぎて』

『いいから、ひとつ選べよ!』ボルビンは錬金術用の道具の数々を広げて、地下泉の脇の小さな椅子に腰かけていた。彼はガラスの小瓶を手に持ち、前かがみになって何杯目かの検査用の水を採取した。そして小瓶に紺色の液体を数滴落とすと、首を横に振って瓶の中身を投げ捨てた。『なんなら、私から先に話そうか』

『どうぞ、あー……、お先にお願いします』装置に頭を突っ込んでいるクレットの声は、かすかにエコーがかかって聞こえた。

ボルビンはクレットに目をやると、腕を振り上げて言った。『そんなところに頭を突っ込んだりしたら危ないじゃないか。中ではいろんな部品が動き回ってるんだろ。耳でも落としたらどうするんだ』

クレットは装置から頭を引き抜いて、ボルビンに微笑んだ。『17秒半ごとに外に出れば大丈夫なんですよ』装置は、内部で刀が回転しているのかと思わせるような、ヒュンという、聞きようでは恐ろしい音を立てた。クレットはまた装置に頭を突っ込み、調整を続けた。『あなたの番ですよ』

『ああ、そうそう。私の科学者人生でいちばん恥ずかしかった出来事だな』ボルビンはビーカーを見つめながらしばらく考えて言った。『それは、錬金術の先生を吹き飛ばしたときかな』

クレットは装置の中でクスクスと笑った。『いや、その……失礼とは知りつつ、つい……、でも、先生を吹き飛ばしたとは、これまた恐ろしい』

『いや、彼は無事だったさ』ボルビンも、かすかに腹を揺らして含み笑いをした。『どうして無事だったのかは、いまだに謎なんだがね。その先生は、父が私のために付けてくれた人でね、それは私が間もなく卒業というときだった。彼は私の才能を妬ましく思っていたんだな。私が大物になると見抜いていたんだよ』

クレットは、あのヒュンという音が鳴る寸前に装置から頭を出した。彼は別の工具を拾うと、また頭を突っ込んだ。『私も……、その、そういう先生に教わっていたことがありますよ。彼らも、私が大物になると思ってたようで……はい』

『たしかに先生の言うとおり、私は当時から大物だったよ。その頃からズボンよりも腹のほうが大きかったからな。人には変わらないものってのがある。違うか?』ボルビンは腹を手で叩きながら言った。『卒業作品として、私は新しい薬品を調合した。錬金術界をひっくり返すような新薬の発明だと私は自負していたんだが、ちょいとした初歩的なミスを冒してしまった。先生がやってきてそいつをテストしたところ、いきなり薬が爆発して、錬金術界ならぬ、先生をひっくり返ってしまった。先生は部屋の壁を突き抜けて通りの真ん中まで飛んでいったよ』

クレットの笑い声が装置の中でこだました。

『私は恐ろしくて、煤で真っ黒になったまま立ち尽くしたよ。先生は道の真ん中に倒れてる。もう死んだと思ったね。私はそこに何年間も立っていたような気がした。やがて先生はむっくり起き上がり、こちらへ歩いてきて、家に帰るよう私にやさしく言ったんだ』

『家に帰れって?』クレットは、装置の中で17秒半ごとに人の運命を決する何かをかわして頭を外に引き出した。『それで……、つまり、それだけ?家に帰れって?あ、やあ、こんにちは』クレットは少し顔を赤らめ、巣への出入りを許された2人の人間に好奇の目を向けて通り過ぎるソーレン(Solen)の労働者に挨拶をした。

『ああ、その日はそうだった。翌日からは、私は彼の下働きになったんだがね。1年半かかったよ、先生の家の修理代を弁償するのにさ』ボルビンは2種類の薬品を混ぜ合わせ、そこへ泉の水を数滴たらした。『ほう、アドラナス(Adranath)が正解だったようだ。彼らの飲み水が腐敗の影響を受けている。おそらく、彼らを今の姿にしたのは、この水だ。だが同時に、これはやつらの寿命を縮める原因にもなってるようだ』

『だからつまり、思うに彼らは……、飲み水を求めて地上に出てきたと?』クレットは尋ねた。

『あり得る、あり得る』とうなづくと、ボルビンは試験液を泉に流し、瓶や薬品を片付け始めた。『次はそっちの番だ。あんたの科学者人生でいちばん恥ずかしかったことはなんだい?』

クレットは装置に頭を突っ込んだまま、地面を手でまさぐっていた。やがて顔を出してあたりを見回した。『たぶん、それは今このときですよ……。つまりその、レンチをどこかへやってしまったようで』

『それがいちばん恥ずかしい体験だってのか?』とボルビンは聞き返した。

『いや、その、私は工具をなくしたことなんて、一度もないんですから!あれは最高のレンチだったのに。それに……』クレットは地面の上をあちらこちら探し回り、やがてトンネルの少し先で、彼のレンチを持ったソーレンを発見した。彼は珍しそうにレンチを眺め、それを歯で噛もうとしていた。『ああ!ちょっと待って!』

彼はソーレンに駆け寄り、相手を刺激しないよう静かにレンチに手をかけた。それはまるで、気難しい子供をなだめる母親のようだった。ソーレンは小さく甲高い声をあげ、クレットの手を振り解こうとした。『それは大切なものなんだから……その、返してね。お願い!これは女帝様に頼まれたお仕事なんだから、協力してね?』

ボルビンが歩いてきて、クレットの後ろに立った。彼は、手にしていた黄金色の透明な液体を満たした小さな壷を、神経質になっているソーレンの顔の前で左右に振ってみせた。『ほーら、いい匂いだろ?』ソーレンは触覚を壷に伸ばすと、すぐにレンチを手放した。そのため、レンチを取り返そうと頑張っていたクレットは後方によろめき、悲鳴とともに泉に転落してしまった。ボルビンは壷をソーレンに差し出すと、ソーレンはそれを奪い取り、カチャカチャと独り言を呟きながらトンネルを歩いていった。

『あれは、何だったの?』ボルビンに手を引いてもらって立ち上がりながら、口の中の水を吐き出し尋ねた。

『ハチミツだよ。弁当のパンに付けて食べようと思って持ってきたんだ』ボルビンはにやりと笑って答えた。『やつらは身長が180センチになって、女王は言葉までしゃべるようになったが、昔から変わらないものもあるってことだ。大丈夫か?』

クレットは濡れた顔をぬぐいながら答えた。『はい、大丈夫です』そして彼は装置に戻り、レンチを握った手を内部に突っ込んで、最後のボルトを締めた。『えーっと、これで、ここの仕事は完了ですね』

『それが役に立つと思うかね?』ボルビンは荷物をまとめながらクレットに聞いた。

『そう願いますよ。もし役に立たなかったら、そのときは、ああ……、それこそ、その、お恥ずかしいことで……』と言いながらクレットは苦笑した。

2人は、仕事を果たし満足な気分だった。新しい装置は、見た目は悪いが、女帝をはじめとするすべてのソーレンにとっては、最後の望みだ。

2人が外へ向かうトンネルを歩き始めたとき、ボルビンはクレットを振り返り、意地悪そうな笑いを浮かべて言った。『あんた、とうとういちばん恥ずかしい体験を話してくれなかったな』

『今、見てたじゃないですか』そうクレットは答えた。








9:09 2017/06/17

by horibaka | 2017-04-21 09:08 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 科学討論会


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科学討論会

投稿日:2002年9月30日


全シャード
太陽が沈み、ブリタニア城の雑然とした研究室の床の上を、粘液が流れるように、音もなく夕闇が覆っていった。オレンジ色の夕日の中では、まだ未練がましく細かい塵が弱々しくきらめいている。魔道師クレイニン(Clainin)が部屋を一周しロウソクを灯してゆくと、大きな円卓を囲んで座わっている人々の顔が次第に浮かび上がってきた。

老練の科学者クレット(Krett)は、いろいろな機械工具をテーブルの上に広げて座っていた。目の前には、数秒おきにカチッと音を立てる風変わりな金属の装置が置かれている。会の開始を待つ間、クレットはその装置に部品を組み込んでいた。それぞれの部品は、組み込まれるごとにボヨンと奇妙な音を発した。その左側には、錬金術師ボルビン(Borvin)が座っていた。ボルビンは比較的大柄な男だが、悲しいかな、体全体で筋肉が占める割合が極端に少ない体質になっている。しかし、こと錬金術に関しては、高い能力と豊富な知識を誇っていた。クレイニンは、ボルビンの錬金術の知識を大いに頼りにしていた。ボルビンの左隣はクレイニンの席なので今は空いている。さらにその隣には、ミーア(Meer)の賢人長老アドラナス(Adranath)が指を組み、静かに座っていた。

『みなさん、お集まりいただき感謝します』クレイニンはやっと着席し、参加者の顔を見回した。クレットは顔を上げて微笑むと、彼の装置から大きなスプリングが天井に向けて飛び出した。クレットは慌てて手を伸ばし細動する金属部品をキャッチすると、静かに机に置き、恥ずかしそうな苦笑いを見せた。『こうしてまた討論の席を設けることができるようになって、嬉しく思います』そう挨拶しながら、クレイトンはローブの下から小さな袋を取り出した。

『最後の会では、本当に楽しませていただいたよ』ボルビンが低い声で笑いながら言った。『ありゃ誰だったかねぇ。いまや魔法審議会のメンバーにもなっているあの若造は。世界が宝石の中に閉じ込められているという説を、何度も何度も聞かされたっけなぁ』

クレイニンは気まずそうに咳払いをした。『ええ、はい。あのときは……楽しかったです』そしてすぐさま話題を変えた。『マスター・アドラナス、私どものために貴重なお時間をありがとうございます。その後、ミーアの皆様は、いかがお過ごしですか?』

『元気でやっていますよ、マスター・クレイニン。お気遣いありがとう。この席にお招きいただいたことを、光栄に存じます。こうして知識溢れる諸先生方と科学的な謎について討論ができるなど……、そう、じつに数百年ぶりのことですからな』アドラナスと席を同じくした3人の参加者は、数千歳先輩の大魔道師からの最大の世辞に、鼻高々の気分になった。

クレイニンは袋の口を開き、興奮気味に参加者の顔を見回した。『では、本題に入りましょう』彼は注意深く袋に手を入れると、大きな ズーギーファンガス(Zoogi fungus)の塊を取り出し、テーブルの中央に置いた。『みなさんご承知のとおり、ソーレン(Solen)の巣が発見されました。残念ながら、安全性が確保されないため、まだ科学的な調査を実施できずにおります。そこで今日のテーマですが、彼女はどうやってこれを……』そう言うとクレイニンは、再び袋に手を入れて、転移パウダー(Translocation powder)が入った小瓶を取り出し、ファンガスの隣に置いた。『これに変えたかです』

各人は催眠術をかけられたかのように、円卓の上の2つの物体をじっと見つめた。部屋は、ピンが落ちる音も聞こえそうなほど静まり返った。事実、そのとき図らずもクレットの手から4本のピンが滑り落ち、それが単なる誇張表現ではないことを証明して見せた。『ああ、どーも……、し、失礼。忘れてたもんで……、手に握っておりましたのを……。い、いますぐ片付けますので、はい。とんだ失礼を』彼は気まずそうに咳払いをした。

睨めっこはさらに続いた。みんなの視線を集中すれば、答えのほうが痺れを切らせてズーギーファンガスから飛び出してくるのではないかと、全員が信じているかのようにも見えた。ときどき、中の一人が顔をあげて他のメンバーの様子を伺ったが、言葉を発してはいけないような雰囲気を察して、すぐにまたファンガスに目を戻した。このままではせっかくの会が台無しになる。クレイニンはそう感じて口を開いた。『みなさん、お腹は大丈夫ですか。軽い食事でも用意させましょうか』

アドラナス、クレット、ボルビンは、互いの顔色を伺った。食事に関して彼らが合意に達することは、世界が崩壊して宇宙の塵になるより前にはあり得ない様子だった。

『みなさん、そうおっしゃるのなら……』

『空腹というほどではないですけど……』

『じつは私は人間の食べ物の愛好家でして……』

3人が同時に話を始めたので、クレイニンは片手をあげてそれを制した。『食べる物を用意するよう、料理人に言ってきましょう。何かお腹に入れれば、頭も活性化されるでしょう。特にご注文はありますか?』

『それなら……ピザなど』とアドラナスが言った。

3人の人間の頭の中の時間の流れが極端に低下し、彼らはゆっくりと偉大なるミーアの魔道師に頭を向けた。

『なにか、いけないことを言いましたかな』アドラナスは目をパチクリさせた。

『いえいえ、なにも!』クレイニンが慌てて答えた。

『だけどその……、つまりです、その……、ピザをお召し上がりに?』クレットが尋ねた。

ボルビンは身を乗り出してこう聞いた。『もちろん、エールは欠かせませんな』

『いや……、私は一度だけピザをいただいたことがあるというだけで』アドラナスは困惑の表情を浮かべた。『先日、ダーシャ(Dasha)と私とで、ミーアクリプト(Meer Crypt)の近くで怪物に襲われていた人間のご一向をお助けしたことがありまして。そのとき、礼をしたいからと、彼らの料理人が食事に誘ってくれたのです。そのとき彼が作ってくれたのですよ、ピザを……発音はこれで合ってますかな?』残りの全員がうなづいた。『あなた方の食文化は、我らミーアのものに比べて非常に豊かで複雑です。新鮮な驚きであります。しかし、ピザはとても美味でした。じつに創造的な食べ物です』

ボルビンは乗り出した体を椅子の背に戻すと、クレイニンに微笑みかけた。『ピザを何枚か頼むよ。それとエールもな』

『たぶん、ご用意できると思います』クレイニンは答えた。『では、ちょっと失礼して料理人に伝えてきます。その間、どうぞズーギーパウダーに関する論議を続けていてください』彼は眼鏡の置くの目玉をいたずらっぽく回して見せた。

3分後、彼が部屋に戻ってきたとき、ズーギーファンガスとの睨めっこはまだ続いていた。

『それで……』クレイニンは自分の席に腰を下ろしながら大きな声で言った。『彼女がどうやってファンガスを粉に変化させたか、仮説を提起してくださる方はいらっしゃいませんか?』クレイニンの声から、明らかにイライラした気分が伝わってきた。

アドラナスが咳払いをすると、言った。『その、おそらく、ユーの腐敗から彼女はある種の魔法の力を得たのではないかと。あの生物が、この世界に新しく出現した生物だとするなら、腐敗に何らかの関係があると思うのですが』

『私は、私が知る限りあらゆる方法でそれを調べた。私が持っているすべての薬と混ぜ合わせたりもしてみた。だから、何らかの魔法が関係しているとしても驚きはしないよ。錬金術的には、どう考えても不可解な現象だ』ボルビンが言った。

『あの、その、もしかして……、これはファンガスが自分で自然にですね、こうなると。彼女はただそれを……、何らかの方法で早めたというのでは?』クレットは、テーブルの上に置いた歯車を意識せずに手で前後に転がしながら言った。『何らかの、その……、物質が、彼女の体内で生成されているのかも』

だんだん核心に近づいてきた、とクレイトンは感じた。

『食事はあとどれくらいかかるのかね?』とボルビンは尋ねた。

* * *

数時間後、空になった皿やジョッキを使用人が片付けるころになっても、討論に進展は見られなかった。

『つまり、こういうことです。おそらく腐敗の副産物として、彼女は自ら意識することなく魔法を生み出し、使っている』眼鏡の位置を直しながらクレイニンは言った。『どれくらいの速度で成長したのか、さらに、それは数世代をかけたのか、あるいは一世代で完了したのかによりますが、魔法は彼女の、いわゆる生体組織の一部になった可能性があります』

『エールを飲むのは初めてですか?』ボルビンはアドラナスに尋ねた。

『今はエールではなくファンガスの話をしましょう、ボルビンさん』クレイニンは言った。『この小さなキノコは謎の塊です。あなた方がこれに興味を示さないのが不思議でならない。これは大変な発見なんですよ』

『これって……もしかして、ピザに乗せたらどうかなと……』クレットがクレイニンの要求に答えて小声で言った。クレイニンは両手に顔を埋めた。

『クレイニン、お前にお土産だ!』

聞きなれた声がドアの向こうの廊下から響いてきた。経験豊富にして天才的レンジャーのシャミノ(Shamino)だ。彼は袋を手に持ち、ニコニコしながら研究室に入ってきた。円卓の学者たちに軽く会釈をすると、彼はクレイニンに袋を投げてよこした。クレイニンはびっくりながらそれを受け取り、中を覗いた。

『こいつは、すごい量のパウダーだ、シャミノ!どこでこんなに集めたんだ?』クレイニンは驚きながらも、嬉しそうにシャミノを見上げた。

『クイーンがくれたんだ』そう言うとシャミノはスツールに腰かけ、足を組んだ。

『え、彼女に会ったのか?生きているとは聞いてたけど』クレイニンは袋の口を閉じた。そして、それを戸棚のところまで持ってゆき、中にしまった。『今ボクたちは、クイーンがどうやってズーギーファンガスからパウダーを作るのかを、討論……していたたところなんだ』

『また明日、会いにいくから、直接聞いてきてやろうか?』シャミノはそう進言した。

『また会いに行くって?何を考えているんだ。そんな危険なところは、一度行けば十分じゃないか』ボルビンが口を出した。

『そうでもないさ。ボクはもう、あそこの顔だからね』シャミノは立ち上がり、気取らない仕草で伸びをしながらドアに向かいつつ言った。『怒ってないときは、面白い連中だよ。働きアリと小石でキャッチボールをしたぐらいさ。ヤツは楽しそうにしてたよ』

アドラナスは目を見開いた。『あなたには襲いかからないと?』

『でも……、あの、いったいどうやってお友達になれたのです?』とクレットが尋ねた。

シャミノは学者たちを振り返り、後ろ向きに部屋を出ながらニコリと笑って答えた。『ボクはレディーの扱いには慣れてるからね』

シャミノが去ると、男たちはしばらく部屋の中で押し黙ってしまった。

『つまり、シャミノについて行けば、好きなだけ彼らの巣の中にいられたってことか』クレイニンはため息交じりに言った。『そうすれば、今ごろはファンガスの謎もとっくに解けていたはず』

『いずれにせよ、クレイニン君、私は楽しかったよ』とアドラナスが言った。『食事もすばらしかったしね』クレイニンは、ふて腐れた顔を見せたいところを、必死に堪えた。

ボルビンが笑いながら言った。『それに、あなたは初めてのエールを体験できた!』これにはクレイニンも顔をしかめた。

『そうそう、こ、今夜の集まりがまったく無駄だったとは言えませんよ。それぞれ、何らかの、そのつまり、科学的な成果を得られたと思うんですけど』とクレット。

『それは何です?』クレイニンはクレットを見上げて言った。

クレットは、取っ手の先に鋭く細かい歯が並んだ歯車を取り付けた道具を手にしていた。『私は、これを発明できました。ピザカッターです』







4:33 2017/06/16

by horibaka | 2017-04-20 04:31 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ オークと爆弾

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オークと爆弾

投稿日:2002年9月21日


全シャード
オークの基準から見ても、フッド(Fud)とグリンデック(Grindek)は頭のいいほうではなかった。高い木の枝にしがみついている、こんな危機的状況に至っても、その事実が覆ることはなかった。一般にオークは、頭が悪いと言われることを好まなかった。その手のメッセージは頭をガツンとやられるような衝撃的な形で送られてくるのが常なので、とくに嫌がった。しかし、自分で自分は頭が悪いと認めることは、それよりずっと嫌なことだった。

フッドとグリンデックはオーク爆弾師(orc bomber)だった。科学は、彼らにとって恐ろしいほど最先端の技術であり、オーク爆弾師は慎重に選ばれた存在だった。しかし大多数の候補者は、今の仕事を続けるようにと追い返されてしまった。なぜなら、彼らは平均以上に優秀なオークだったからだ。結局、大きな破壊力にあこがれて志願してきた、部族の中でもあまり頭を使わないほうの連中が選ばれることになったのである。爆弾師は、新しくて難しくて、大変に危険な仕事だった。仕事中に爆弾師が命を落とす事故は、毎日のように起きた。その原因の多くは爆弾師自らのミスによるものだった。薬剤の調合を間違えたり、誤って爆弾を床に落としたり、中でももっとも多かったのは、出来上がった爆弾の味見をするというミスだった。

自らのミスによってバタバタ死んでいく爆弾師が、フッドやグリンデックのような連中、つまりオークの間でコケにされるほどの超強力な馬鹿ばかりだったことは、部族にとっては幸いだった。フッドとグリンデックは、特に無知で無学であったことを買われてこの仕事を得た。彼らは、他のオークをほとほと呆れさせ、首を横にふって重いため息をつかせるほどの完璧な薄ら馬鹿であった。部族でもっとも危険なこの仕事に就くことができるのは、そんなごく一握りの特別なオークだけだった。人々は、フッドとグリンデックを爆弾試験師(bomb-tryers)と呼んだ。

爆弾試験師という職業の存在意味を疑う者がいるが、それは間違っている。ちゃんとした爆弾師は、より強力な爆弾を開発するために、新しく調合した爆薬を試験する必要に迫られる。また、ちゃんとした爆弾師は頭がいいので、自分で実験しようなどとは思わない。そこで部族の長たちは、爆弾試験師という職種を新設したのである。その仕事には、フッドやグリンデックのような完全な馬鹿を採用した。ほとんどの場合、刺激を好む彼らは大喜びで仕事に飛びついてきた。

ところが、今日の任務は刺激が強すぎた。新型爆弾を何かに投げつけて爆発させるだけという、本来ならばごく簡単に片付く仕事のはずだったのだが、お気楽な午後は、とんでもない悪夢に変わってしまった。指先だけで辛うじて枝からぶら下がっている2人の足のはるか下方の草むらの中には、無数の巨大な虫たちがうようよしている。彼らは2人を見上げながら、カチャカチャと顎を鳴らしたり甲高い声をたてて互いに話をしているようだ。楽しい話をしているようには見えなかった。

『どーすんだよう?』フッドはオーク語で言った。

『でっかい虫がいなくなるまで待つ』グリンデックが不安そうに答えた。

地面では、1匹のソーレン(Solen)が、だらしなくぶら下がっている2人を見つめながら、腕を使って木を激しく揺さぶった。あの虫はニヤニヤ笑ってると、フッドは思えてならなかった。

『ぜんぜん、いなくならないぞ』フッドは必死に枝を握り直しながらベソをかいた。

『いやなら、もっと上に逃げれ』グリンデックも枝を握り直しながら、怒るように言った。

『オレがか?お前が先に行け!オレはお前の後から行く!』フッドは怒鳴った。

あのソーレンがまた木を激しく揺らした。2人は震え上がった。ソーレンのすぐ近くの地面には大きな穴が開いていて、そこから次々と巨大な虫が這い出してくる。フッドとグリンデックは枝を握り直し、腹を立てて互いの顔を睨み付けた。

『オレがお前の後から行くんだ、フッド!』グリンデックは怒鳴り返した。

『オレが先にお前の後についてくって言ってんだ、バカ!』フッドも言い返した。

ソーレンはまた木を揺らした。松ぼっくりでも落とそうとしているかのように、それは枝からぶら下がる2つの緑色の餌を見つめている。

『バカじゃない!』グリンデックは忍耐の限界に達した。足の下で口を開けている状況をすっかり忘れ、彼はガルルと唸りながらフッドの腹を蹴り上げた。フッドもグリンデックの腹を目掛けて蹴りで応戦した。2人は、辛うじて枝からぶら下がった状態のままで、激しいけり合いを展開した。

その様子をソーレンは、黙って見つめていた。

2人のオークは喧嘩を続けた。今は非常に危険な状況にいるという事実は、なかなか彼らの脳ミソには戻って来なかった。2人の腰のベルトには、爆弾師が開発した大きな新型爆弾が縛りつけられていた。蹴り合いの間、彼らはこの壮大にして劇的な大爆発によって使用者を殺害せしめること以外にほとんど使い道のない爆弾も蹴飛ばしていた。そのため爆弾の紐は次第に緩み、やがてそのうちのひとつが、するりと解けて落下を開始した。このときになって、やっと2人は蹴り合いをやめ、落ちてゆく爆弾に目をやった。

大きな爆弾がくるくると回転しながら、地面までのまっすぐの道のりを、際どく枝葉の間を縫いながら落ちてゆく様は、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。ソーレンもまた、落ちてゆく爆弾を見つめた。爆弾の落下を目で追う巨大な虫たちの頭が揃って動いた。やがて爆弾は地面に到達し、あたりは猛烈な閃光と耳をつんざく轟音に包まれた。

次の瞬間、フッドは目を瞬かせた。彼は大きな枝を抱きかかえるようにして、木にへばり付いていた。あたりを見回すと、グリンデックが木のてっぺんのいちばん高い所にある枝にしがみ付き、振り子のように大きく揺れていた。2人は互いを確認すると、煙を燻らせるソーレンの死体が転がる黒焦げの草むらに向かって、木を降り始めた。

そのとき、何かが裂けるような大きな音に周囲の空気が振動した。すると木が大きく揺れ、やがてゆっくりと、しかし確実に傾き出した。グリンデックは、急速に自分に向かってくる地面の穴に気づくと、木の枝にしがみつき硬直した。そして、大きな音を立てて木が倒れると、グリンデックは真っ暗な穴の中へ真っ直ぐに落ちていった。

ものすごい音がして地面が揺れた。フッドはしがみ付いていた倒木の枝から振り落とされると同時に、穴から巨大な火柱が立ち上り、大量の灰が噴き出した。穴はそのとき、グリンデックの墓と化した。驚くのも忘れるほどびっくりしたフッドは、よろめきつまづき、煙を立ち上らせている穴に転落してしまった。穴は、ほんの一瞬前よりも、少しだけ大きくなっていたのである。目眩でぼやけたフッドの目には、焼け焦げたソーレンの体が散乱する穴の底が見えていた。

なんか変だ。ソーレンの黒焦げの死体がどんどん近づいてくる。フッドは取り乱した。ソーレンは死んでるはずなのに!なぜ動く?すっかり混乱したフッドだったが、あることに気が付くと、奇妙な安心感に包み込まれた。『ああ……アリンコが近づいてるんじゃない。オレが落ちてるんだ!』ドサッという音とともに、彼は穴の底の柔らかい土の中にめり込んだ。グリンデックの爆弾の余熱で、土はまだ温かい。幸いなことに、フッドの爆弾はグリンデックの二の舞にならずに済んだようだ。

だが待てよ。自分は今、アリンコの穴の中にいる。さっきまで、この穴の中からアリンコは次から次へと這い出して来ていたのに。グリンデックの爆弾が爆発するまでは……。そうか、この新型爆弾が役に立ったんだ!オレはまだひとつ持ってる。みんなに見せてやれる!今やフッド様は"えらい"爆弾試験師だ!部族の爆弾師は、みんなオレを尊敬するぞ。フッドは喜び勇んで、陽光まぶしい地上へと這い出した。

今日はいい日だ。フッドは命拾いをした。だから今はフッドが爆弾試験師の頭だ。早くそれを自慢したくて、彼は家路を急いだ。嬉しくて嬉しくて、背後に大きな翼を広げた陰が近づいてくるのも気付かないほどだった。翌日、オークの一団が巨大なワームの死体を発見した。しかしそのワームの首から先が吹き飛ばされたようになくなっていて、周囲が真っ黒に焦げていましたとさ。








5:30 2017/06/15

by horibaka | 2017-04-19 05:29 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ クレージー・ミギー

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クレージー・ミギー

投稿日:2002年9月18日


全シャード
これは、シナリオ第1週の物語の、追加ストーリーです。

トリンシックのケグ・アンド・アンカー(The Keg and Anchor)は、旅人が気軽に立ち寄り、冷たいエールと健康的な食事で英気を養う、そんな落ち着いた店だった。従業員たちは、のんびり落ち着いた店の雰囲気を大切にしていた。彼らはよく、気の利いたジョークを飛ばし、面白い話を聞かせては客を楽しませてくれたものだ。この店は、激しく過酷な戦いの日常を忘れ、パブの暖かい雰囲気の中でチェスや人気のダイスゲームに興じることができる、格好の夜の隠れ家として、旅なれた一流の冒険家たちの間でも評判だった。

だが、そんな落ち着いた店の雰囲気をぶち壊す問題がひとつだけあった。クレージー・ミギー(Crazy Miggie)だ。ミギーがどこの馬の骨で、そもそも彼がなぜ"クレージー"になったかを知る者は、ケグ・アンド・アンカーの常連たちの中にもいなかった。と言うより、客たちにとれば、何杯か腹に流し込んでしまえば忘れてしまうような事柄だったのである。世間に名の知れた乞食がみなそうであるように、ミギーにも誇大妄想の気があった。彼は、このブリタニアに降りかかったすべての災厄は、恐ろしくて口に出せないほどの悪い連中が彼を狙って引き起こしたものだと信じて疑わない。

ミギーはまさに"頭のイカレた乞食"という形容がよく似合う人物だった。まるで彼自身が学者チームを雇い、さらにブリタニア全土で『頭のイカレた乞食に必要なものは何か』というアンケートを実施するなどして入念に調査を行ったのではないかと思わせるほど、ぴったりはまっていた。ぼさぼさの灰色の髪は、雷に撃たれた直後のようにあらゆる方向に逆立ち、衣服からは、伝染病で死んだ動物の肉で洗ったかのような異臭を放っていた。顔には迷路のように皺が走り、片方だけの目は皺によって半分閉じかかっていた。どう贔屓目に見ても、醜い男だった。人々は、極力彼を避けて歩いた。モングバットですら、できる限り彼には関わらないようにしていた。

にも関わらず、ミギーはケグ・アンド・アンカーの常連客のお馴染みであった。彼が興奮して店に飛び込んでくるのを、客たちは嫌がるどころか、むしろ楽しみにしていたほどだ。とくに、娯楽に飢え、どんな小さなことでも楽しもうとしている連中の間では格好の暇つぶしの対象だったのである。彼は、殺されそうな悲鳴をあげながら誰もいない店に走り込んでくることがよくあった。また、とても警戒心が強く、夜が相当に更けてから現れる傾向があった。

トリンシック全土に対するミナックス(Minax)の猛攻撃が去り、町は次第に日常を取り戻していった。ケグ・アンド・アンカーも例外ではなく、店を再開した日には、多くの常連客がほろ酔い気分の一晩を楽しもうと戻ってきた。警備兵のロジャー(Rodger)は、いつもの席でくつろぎ、けたたましく大笑いする合間にぐーっとエールを飲み干していた。魔法使いのレッジと相棒の戦士ラルはカウンターに陣取り、代わる代わる酒を注文しては、バーテンのサミュエルと話を聞かせ合っていた。町中がアンデッドに襲われた後でもあり、彼らにはくつろぐ必要があった。彼らは、くつろぐことにかけてはプロだった。もしこれが商売だったなら、彼らはかなり稼いでいたことだろう。そんな、誰よりもくつろいでいた彼らだけに、クレイジー・ミギーがまるで狂気の化身であるかのようにドアから飛び込んできたときには、いささか驚いた。

『ミナックスだぁ!あいつが出た!みんな逃げろ!この町を乗っ取りに、死んだ亭主といっしょに攻めてきたんだ。パンの匂いだ!焼きたてのパンの……、みんな殺されるぞ!』ミギーはロジャーのチュニックを掴んで体を揺さぶろうとしたが、衛兵の巨体はびくともせず、反対にミギーだけがバタバタと暴れているように見えた。

ロジャーはエールを吐き出しそうになって言った。『頼むよ、おっさん!ミナックスは2週間前に追い払ったよ。今すぐその臭い手を離さないと、オレのハルバードで切り落としてやるぞ!』

『そりゃあいい、ロジャー!』バーのあたりからレッジ(Ledge)が茶々を入れた。『そのハルバードが、モングバットを追い払う以外に役に立つところを見てみたいもんだ!』

ラル(Rul)が大声で笑いながらバーテンのサミュエル(Samuel)を振り返った。『お代わりはちょっとお預けだ。このミナックス事件を放ってはおけないからな。ミギー、そこへ案内してくれ!オレが彼女をこちょこちょして町から追い払ってやる。いい女だからな』彼はそう言うと、くすくすと笑った。

『ラル、お前のカミさんが今のを聞いたら、何ていうかな?』レッジが言った。

『女房だと?女房め!そうか、なんか忘れてると思ったよ。サミュエル、やっぱりお代わりだ。オレにはこっちのほうがいい』ラルとレッジは笑い転げた。その間、ロジャーは、なるべくミギーに触れないようにして彼を追い払うことに苦労していた。

『見たんだよ!すぐ外に立ってるんだ!ああ、徳のご加護がありますように。みんな殺されてしまうー!』ミギーは大声で叫ぶと、芝居がかった様子で自分で自分のシャツを引き裂いた。店の客たちはミギーの聞き苦しい声に顔をしかめたが、バーテンのサミュエルは、とっくに馴れっ子だった。

『わかったよ、ミギー。外で聞こう。恐ろしいミナックスを見に行こうじゃないか。あんたが下戸で助かったよ。ほら』サミュエルは汚れたナプキンをミギーの肩にかけ、その上から手を置いて、ミギーを店の出口へと誘導した。そして、ミギーの体でドアを押し開けさせ、店から数歩離れた場所まで連れ出した。店の中からは、一斉に椅子を引く音が聞こえてきた。彼らは窓のところに固まり、興味深げに事の成り行きを見学していた。『それで、どこにいる?』

『あれだ!ほら!おお、ミナックス様。お助けください!命だけはご勘弁を!何でも言うことは聞きます。あなたの死んだご亭主の餌にしないでください!』サミュエルは通りを見渡して、目を瞬かせた。そこでは、洗濯の水を通りに捨てた仏頂面の老婦人が、こちらを睨み返していた。

『すいません、ブリンスタイン(Brinstein)さん。ミギーがふざけてるんですよ。ご主人によろしくお伝えください』ブリンスタイン婦人は恐ろしいうなり声をあげた。その声には、オオカミの群のリーダーをも震え上がらせるほどの凄味があった。『さあ、ミギー。今夜はもう店には来ないでくれよ。それから、営業時間中に生ゴミを漁るのもナシだ』

サミュエルは、ナプキンを乗せたままのミギーの肩を軽く押し出した。ミギーは恐ろしいブリステイン婦人の目を見つめた。そして、ナプキンを彼女に投げつけると、命乞いを叫びながら夜の闇の中に転げ込むようにして消えていった。店の中からは大きな笑い声が響いてきた。

* * *

『エクソダス(Exodus)だぁー!殺されるぞ、逃げろー!エクソダスの手下の金属人間が追いかけてきた!オレを金属人間に改造しようとしてるんだ!怖い怖いガーゴイルが一日中オレにつきまとってるんだよー!』ミギーはパブに転がり込むと床に伏せて、ガタガタと体を震わせながら両手で頭を覆った。まるで地震の魔法に襲われた人のようだった。

サミュエルは、マグカップを磨く手元から目も離さずに言った。『それなら3週間前にやっつけたじゃないか、ミギー』

『いや、違う!でっかいボーレム(Bolem)が怒って追いかけてきたんだ!』ミギーは、自分の体の臭いを周囲に撒き散らそうとでもするかのように、両手をばたばたさせて反論した。

『ゴーレム(Golem)だ、ミギー。ゴーレムだよ』バーの椅子に腰掛けたレッジが口を挟んだ。『エクソダスはもうゴーレムを送り込んだりはしないよ。ヤツにはもう、ゴーレムを作らせる奴隷が一人もいないんだからな』

『ガーゴイルは悪い連中じゃないぜ!』とラルは付け加え、ビールの最後の一口をすった。『オレはレッジとガーゴイルの都に行ったことがあるが、きれいなところだった。そこで飲んだくれようって気にはなれなかったがな』

レッジは黙ってラルに同調してうなづき、何かを目で訴えながら部屋の反対側にいるロジャーに向かって言った。『なあ、ロジャー。お前も町の警備兵なんだろ。ぼんやりしてないで、ほら……ミギーを店の外に連れていって、何も怖がることはないって安心させてやったらどうなんだ?』

『まだオレはビールを飲んでるんだ。それに、そういうことはサミュエルの……あ、ああ、そうか!オレは警備兵だもんな。市民の安全を守るのがオレの義務なんだったよな。行こう、ミギー。誰もあんたを追いかけてなんかいないってことを、オレが証明してやるよ』ロジャーは震えるミギーをハルバードの柄で突付き、彼を立たせた。

レッジとラルはほとんどひっくり返りそうになりながらも、必死に笑いをこらえていた。ロジャーはミギーを突付きながら店の入り口の外まで追い出すと、間もなく建物全体を揺るがすような大きな悲鳴が聞こえた。そして、異臭を放つ灰色の髪の毛が2つの窓の前を猛スピードで通過していった。レッジとラルは、笑いをこらえ切れずに椅子から転げ落ちんばかりに身もだえした。

『サミュエル、オレからレッジに1杯やってくれ』ロジャーはニヤニヤ笑いながら言った。『お前の勝ちだよ。お前のゴーレムの術がかなり利いたようだ』

* * *

遠くから響いてくる常軌を逸したミギーの叫び声は、店の中にまで聞こえてきた。その声は次第に近づき、店の戸口で止まった。ちょうど、見たこともないほどピカピカに磨き上げられた鎧の手が店のドアを開けたところだった。鎧の主は、若くてハンサムな戦士だった。腰に眩いばかりに色づけされた剣と鞘を下げている。まるで英雄とドラゴンが登場する子供のおとぎ話から抜け出たような、英雄然とした男だ。ミギーは、興奮した子犬のように、彼の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。

『アリだよ!家ぐらいあるでっかいアリの大群だぁ!すんごくでっかくて、人間なんかペロっと食っちまう!そいつらが、オレを食おうと追いかけてきたんだよー!』ミギーは、話を聞いてくれる新しい人間が現れたことに狂喜していた。すでに酒の回っているケグ・アンド・アンカーの常連たちは、鏡面仕上げの鎧に映り込んだ飛び跳ねるミギーの姿をぼんやりと眺めていた。

『いらっしゃい。何を差し上げましょう?』サミュエルが声をかけた。『とりあえずエールをグーッと、どうです?』

『エールを飲むと警戒心が鈍る。正統な騎士の飲み物は水と決まっている』男は横柄に答えた。

『あんな気取った野郎は、これまで会ったことがない』ラルはくすくす笑いながら小声でレッジに言った。鎧の男は、その会話が聞こえたかのように、キッと2人を睨み付けた。彼らは咳払いをして笑いをごまかした。

『強い騎士様、お助けください!でっかいアリがオレを食おうとしているんですよ!木からぶら下がった2匹のオークをあいつらが食おうとしてるのを見たんでさぁ!あいつら、何でも食っちまう!お助けくださったら、一生恩に着ますです!』ミギーは喉から丸太を半分に引き裂くような音を立てたかと思うと、若き戦士の鎧にて唾を吐きつけた。彼はすぐさま、ぼろぼろのシャツの袖で鎧についた唾を拭い去ろうとしたが、しっかりと染みが残ってしまった。

男は、胸当てプレートにできた染みを気にする素振りを見せまいと、店をぐるりと見回して言った。『このお方を苦しめている物の正体を見極めに、拙者と共に出かける勇気のある者は、ここに何人おるか?』

耳を圧迫するような沈黙が流れ、次の瞬間、爆発音のような笑い声が店を満たした。

『ちょ、ちょっと待った。真に受けちゃダメだ。巨大なアリだって?平凡すぎるぜ、まったく』ラルの顔は笑いをこらえ切れずに真っ赤になった。『ミギーのやつ、とうとうオリジナルのモンスターを考え出すようになったか。頭が良くなってるのか悪くなってるのか、わかんないよ』

男の表情が不快そうに歪んだ。彼は両足を椅子に乗せ、最後の一口のエールを喉に流し込んでいるロジャーを見下ろすと、言った。『貴殿は、この町の警備兵であろう?命に代えてでもこのお方をお守りするのが、徳の道というものではないか。貴殿の武勇はいずこにある?』

『オレだって勇気ぐらいある!』ロジャーはほろ酔いに緩んだ顔で言った。『サミュエルのエールが飲めるんだからな』常連客たちの笑い声がさらに高まった。

『貴殿は、魔法使いであろう……』男は語気を荒げた。『このような気の毒な方に、慈悲の心を示されてはいかがか!』かいがいしく彼の鎧を磨こうとして返って汚しているミギーの行為を丁寧に拒みながら、男は訴えた。

『慈悲の心は3杯前に使い果たしちまったよ』レッジは空になったマグカップを逆さにしてカウンターに置いた。『サム、こちらのお方に、お別れのグラスを1杯を頼むよ』

サミュエルは新しいエールのカップをレッジに、水の入ったグラスを男に渡した。『悪気はないんですよ。ミギーはここいらじゃ有名な……その……空想家でして。ヤツの巨大なアリが負いかけてきたってのは、差し詰め、転んでアリ塚に顔から突っ込んで、アリンコをうんと間近に見たってな程度のことなんですよ』

若い騎士は、その店に漂う嫌な雰囲気を感じた。『このお方の言葉を、誰一人として信じようとしないのか?』

もし、人を小馬鹿にした目くばせが音を立てたとしたら、店の中はオークの爆弾を火にくべたような大騒音がまき起こっていたに違いない。

『この臆病者どもが何もせぬと言うのなら、この拙者が巨大アリを退治して差し上げよう!さあ、共に参られよ。あなたが見られた怪物の巣へ拙者を……、あの、鎧に触らないでいただけるかな。いざ』マギーは、相変わらず男のまわりをぴょんぴょん跳びはね、またあの話を最初から、まるで初めてするかのようにペラペラとまくしたてながら、男と店を出ていった。

* * *

次の夜、パブは輝く鎧の男の噂で持ちきりだった。レッジとラルとロジャーは、あの騎士と名乗る男が夜通しアリンコを探して歩き回る姿を想像し合っては、何時間も笑い転げていた。しかし、そんな馬鹿騒ぎも、店のドアが開き、そこにミギーが黙って立っているのを見たときにピタリと止んでしまった。

ミギーは、バルロンの集団暴走に踏みつけにされたような顔をしていた。彼の髪の毛や衣服には、血の塊がこびりついている。彼は木の切り株のように押し黙っていた。細かいところまでは見えなかったが、体中に、いくつもの巨大なアリの頭がぶら下がっていた。鋭い顎で彼の体にしがみつくその頭は、死してなおこの男を食おうとしているかのような迫力があった。ひとつの頭は彼の首に噛り付いていた。別の頭は右腕に噛り付き、さらにもうひとつは足首に噛り付いていた。風変わりな宝石を身に着けているようにも見える。彼の右手には、傷だらけになった昨日のあの若い騎士の胸当てプレートが握られていた。

彼は足を引きずりながら、ゆっくりとバーに近づき、さりげなくカウンターにもたれかかった。そのときの足音は、エコーがかかったように店の中に響き渡った。『エールをもらえるかい?』彼は静かに言った。サミュエルは黙ってうなづき、エールを注いだカップを彼の前まで滑らせた。ミギーはエールが飲めるように、手首に噛み付いていた巨大アリの頭をさりげなく取り去り、カウンターの上に置いた。彼は乱暴にカップをカウンターに置くと、輝く鎧を頭上に掲げ、そしてサミュエルの前に投げつけた。『代金はこれでいいか?』

サミュエルはうなづいた。

ミギーは微笑むと、カウンターに置いたアリの頭を取り、脇に抱えた。そして、また足を引きずりながら店を出るときに、彼はラルとレッジのほうを見た。『な、でっかいアリだろ?』2人は、まったく言葉を出せないまま、うなづいた。ミギーは戸口で立ち止まり、ゆっくりと振り返って店の中の連中を見回した。

『忘れるところだった。あのゴーレムだが、いまいちだったな』

そう言い残すと、ミギーは夜の街に消えていった。








5:25 2017/06/14

by horibaka | 2017-04-18 05:24 | その他 | Comments(0)
BNNアーカイブ 我掘る、故に我あり

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我掘る、故に我あり

投稿日:2002年9月10日


全シャード
思考は、そよ風に乗って窓から舞い込んだ羽毛のように、ゆっくりと、とりとめのない形で訪れた。やがて意識が芽生えた。だがそれは、よちよち歩きをはじめた幼子のごとく、バランスを崩してぎこちなく走り出し、すぐさま激しく転倒した。ようやく欲求不満を感じられるまでに成長した心に、それが湧き起こった。

永遠とも思われる長い奮闘の末、心は、ごく原始的な秩序を持たせる事で思考を管理する事ができるようになった。原始的ではあるが、その秩序は思考を解読可能にした。すると、瞬間的な細切れの理解が爆発的に生じていった。それは完全なる思考だ。混乱の靄の中に霧散してしまう事もなく、氷のように記憶に凝固させる事ができる。新しく生まれ出る思考のすべてが、より新しく、より複雑な思考の産物へと形を変えていった。そして加速的に意識は成長し、これまでになく力強く安定し、ついには完全な結合性を有する原則が確立されるに至った。それは、あらゆる知的活動を凌駕する衝撃的な事件だった。

この個体に自意識が芽生えた。知性が初めて自己と言う概念をとらえた瞬間だ。もう天然の本能と反射神経の寄せ集めではない。独立した実存として己を認識できるようになったのである。そして瞬く間に、可能性の宇宙が拡大していった。

心を宿したその個体は、暗闇の中で己の手足の状態を確かめた。それはとても重要なものだ。この個体に属し、この個体の体の一部であるがゆえに、この個体に支配される。その考えは、初々しい心にとって非常に魅力的なものだった。自己認識を行った瞬間、自己は周囲の宇宙から完全に分離した。それは驚異的な感覚だった。本能に従い日常の行動をとっていた時には単なる背景に過ぎなかった世界が、今や謎と驚異を背後に隠す神秘の緞帳となったのである。

個体は、自己以外の存在を認識しようと周囲を見回した。見たものを心に記憶できるよう、最初はゆっくりと確認していった。速過ぎては、考えがまとまらず記憶に留める事が難しくなる。それは、肢体の一本を伸ばして目の前の壁に触れた。ほんの少し土が崩れ落ちた。よく見慣れた光景だ。そして己の従属物である肢体の先端に何かが残留する感覚を覚えた。ここはよく知っている場所だ。ここは自分が住んでいる場所だ。原始的な本能が拡大し、すぐさま明確な姿となって開花した。ここは自分の故郷だ。ここは安全だ。ここには……、何かがある。何かとても重要なものが。

背後の音に驚いて、それは素早く振り返った。生き物だと、それは確信した。静かに、そこにじっと立っている。新しい感覚が体をつき抜け、心が動揺する間、2つの個体は身じろぎせずにたたずんだ。匂いだ。懐かしい匂いだ。それは、生まれたばかりの知性の中核に直接働きかけ、記憶の爆発を引き起こした。間違いない。今現れたこの生き物は、仲間だ。友達だ。ここは、それの家だ。それは、自分に危害を及ぼすような素振りは見せず、すぐに部屋の壁と土へと注意を移した。

あらゆる物事が新しく、矢継ぎ早に訪れた。しかし、その個体の心も急速に拡大し、すべてを吸収していった。意識はますます成長し、精密になり、それぞれに映像と匂いを伴った新しい概念を次々と生み出してゆく。これは……、気持ちがいい。一度に多くの発見ができる喜び。学び、発見する。その瞬間の楽しさは、何物にも代えがたい。

突如、すべてが停止した。新しい匂いだ。しかし、よく知っている匂い……、とても力強い……、逆らえない。その匂いの正体は、わざわざ目で確かめるまでもなかった。この匂いに込められた意味は、体の隅々まで染み渡っている。

リーダー……。

これは単なる新しい知識ではなかった。もっと重大なものだった。目的のある知識。方向性のある情報だ。自分とよくにた他の個体も、それを理解したようだ。この一瞬の衝撃的な匂いがコミュニケーションをもたらし、それを感知しうるすべての意識の間に、あるものを伝えていった。指揮。命令。指示。

この空間にいる個体は、すでに承知している事柄が事実である事を確認し合うかのように、周囲を見回した。そして彼らは行動を開始し、指揮者としてみなが認めた個体の意思の実現に専念した。目的と決意。数百の個体が同じ思考のもとにひとつになった。非常に明確で、昔から体に染み付いている思考。取り違える事などあり得ない。


掘れ。








5:26 2017/06/13

by horibaka | 2017-04-17 05:25 | その他 | Comments(0)