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ワールドニュース [戻る] はじまり 投稿日:2001年11月27日 全シャード 偉大さは時間により泡沫へと帰すが、栄光は忘れられる事は無い。古き時代の風は、とても静かに過去を歌う。 ―ミーア(Meer)の諺 ダーシャ(Dasha)は木の枝に腰掛け、黒の軍勢が彼女に向かってくるのを眺めながら、微笑んでいた。手元には小さなクロスボウがあったのだが、急いで矢を装填しようなどと慌てる事も無かった。森が厄災から彼女を守ってくれる盾となってくれる事を、彼女は知っていた。故に、その様な事は百年の間繰り返され、そしてこれからも続く事だろう。 谷の隆起した部分に朝日が差し掛かると、まるでダムが崩壊したかの様に、黒い軍勢がスロープからなだれ込んで来た。太陽の光で照らされたヘルメットと矢じりが鈍く光る。その場の空気が、無数の軍靴の音で揺れ動いた。しかし、谷底の背の高い入り組んだ森は、断崖が波を押し返すかの様に彼らの前進を妨げた。木の障害は丹念に織られた織物のようで、軍の陣形は単なる一列の縦隊にさせられてしまうのだった。軍の流れは、森の内部の暗い一本の紐の様にして消え失せてしまうのだった。 立ち並ぶ木の端に身を隠されて、ダーシャは彼女を支えていた丈夫な枝の下で起き上がり、足を組んだ。朝日のベールが彼女の頬を包んだ。彼女はその暖かさに微笑んだ。銅色の光が、上等な毛皮のコートに照り返した。長身で活動的な彼女の体格とは対照的に、細やかな班模様が入っていた。若いミーア人の女にしては、ダーシャは特に危険な女に見えた。彼女はドレスを着る事も無かったし、スカーフを巻く事も無かった。むしろ、一見して戦士とわかる様な、金属や皮を凝らした装備を好んで身に付けるのだった。薔薇色の髪の毛が、彼女の肩に血を散らすかの様に広がっていた。朝の風を受けて、彼女の高く尖った耳は、引っ張られるかの様に立っていた。 また始まった、と彼女は苦笑いを噛み殺し、そう思った。ジュカ(Juka)は攻撃し、私たちはそれを追い払い、永遠の均衡と言う物がまた新たに明らかとなるのだ。何世紀にも渡る失敗で、ジュカ達が懲りなかったのか、と思うかもしれない。それでも、彼らは攻撃の手を緩めようとはしない。戦闘こそ彼らの本能なのだ。先祖は遙か昔にそんな事を記している。 どこか遠くで、金切り声を上げて騒いでいるのが聞こえて来た。彼女は苦も無く、今いる枝から頭上にある非常に高い枝まで飛び上がった。森の天蓋を破り、木の海とも言える森全体を見渡した時、その騒動の元を見つけた。すると、葉の間から、北へ向かって深紅の何かが飛び出した。大きく、赤い羽根が空にはためく旗の様に広がっていた。それは森から逃げようとしているガーゴイルの部族だった。侵略者達は、それらを追い払おうとしている。しばらくの間ダーシャは、その野蛮な生き物が低く浮かんでいる朝の雲の中へ、滑り込む様にして行くのを眺めていた。それは、彼女が不本意にも魅入ってしまう様な、野性的な美しさと言えるものを持っていた。 葉の間から何かが立ち昇って来た。それは風に揺らされながら立ち昇る煙の柱だった。しばらくすると、遠くの緑樹の方に黒とグレーのカーテンが出来上がっていた。何かの燃え殻の臭いがした。耳を澄ましてみる。野営の場所を確保しているのだろうと彼女は思った。今回、ジュカは長期戦を練っているに違いない。それはそれで私の望むところ。森は秋の喜びに満ちている。ジュカの執拗な包囲攻撃は、秋と言うその喜びの季節へのスパイスの様なもの。思いっきり楽しんでやろうじゃない。ウォーロード・ケイバー(Warlord Kabur)には、足をへし折って追い返す前に、お礼を言っておかなくちゃ。 長老達は、彼女の報告した事態の進展に興味を持っていた。報告が終わると、彼女は音も無く木々の間に潜り込み、森の奥深くへと潜行していった。眺めていると目が回りそうな、膨大な枝のもつれは暗い海の様だったが、ダーシャにとっては束縛から解放される場所だった。その中で彼女は何物も追いつけない、班模様付きの稲妻となるのだった。鋭敏なミーアの特性とはその様なものであり、彼らは自然と古くからの盟友だった。どこに住もうと、その土地と友となり、風のスピードで大地を駆け抜けた。 ミーアの堅牢な要塞は、森の中心に位置する孤島の如くそびえ建っていた。その塔や胸壁は魔法建築の不思議さと言う物を体現する物だった。その巨大建造物を構成する石の一つ一つが、力の流れを魔法のそれと同じくしているルーンによってマークされているのだった。過去に稀ではあったが、ジュカの軍がやっとの思いでその魔術の要塞に辿り着いた事があった。しかし決して彼らの衝角は、その呪文のかかった壁に穴を開ける事は出来なかった。その城は不屈のミーア文明の象徴であり、彼らの古代文化の中心だった。 グレーの獣毛を身にまとう長老達は、城の中のそれぞれの豪奢な部屋の中に居た。彼らは古の知識の守護者であり、上質で光り輝くシルクのローブと、黄金を縫い込んだかの様なマントで自らを優美に覆っていた。魔導師アドラナス(Adranath)は、彼らの中でも最も偉大な長老だった。銀色の獣毛に身を包む彼は長身で威厳に満ちており、彼は人々の永い歴史を通して、何世紀にも渡る伝説を漂わせつつ、堂々と歩くのだった。アドラナスは知識を司る者の中で最年長であり、要塞の半分くらいの年齢を重ねていた。その年齢が彼に不思議な雰囲気を与えていた。彼の心構え、手法は、世界が人々に苦痛を与える場でしか無かったとき、その時代を生きた人々に知れ渡る事となった。 時々、彼がダーシャの方を向いていない時、彼女は年月がその老人の感覚を鈍らせているのかと思う事がある。そんな事を考える自分に嫌悪を覚えながら。今、彼女は謁見の間で報告を提出していた。そこは影と香りの支配する厳粛な場所だった。飾り気のない壁は彼女が話すのを聞いているかの様だった。 アドラナスがその知らせを聞いたとき、憂鬱さが溜め息をより深くした。彼の年老いた目は暗くなった。『我が子よ、何とも悲運な前兆を運んで来たものだな。我々の要塞の魔術は森の活力に依存している。それ無しでは、要塞の壁は脆くも崩れる事だろう。ジュカが木々を焼き払えば、我々の力も弱まってしまうのだ。』 ダーシャは頭を垂れた。『偉大なる我が主に、恐れながら申し上げます。彼らにしてみれば、要塞の壁を役に立たなくする為に、全ての森林を焼き尽くさなくてはならなかった事でしょう。彼らは今までその様な卑怯な行いをした事がありません。』 『して、ジュカ達がそれをせぬと言い切れるのか。』 『彼らは確かに好戦的、攻撃的です。が、彼らは確固たる名誉の伝統を守っています。彼らは自らの徳を裏切る様な種族ではありません。私はそんな彼らと何世代にも渡って戦って来たのです。』彼女は成し遂げた事を誇るかの様に、顔を上に向けた。 アドラナスは背もたれの高い椅子にもたれ掛かり、唸る様に言った。『お前は姿を見せない彼らの主を見くびっているのだ。彼はここ10年の間に、ジュカに大きな変化をもたらしたのだぞ。』 『彼らがエクソダス(Exodus)と呼ぶ存在の事ですか?顔を見せる事すら恐れる者など、脅威でもありません。』 『彼はジュカに魔術を教えた。』 彼女は眉をひそめた。『治癒とちゃちな魅了の術ですよ。ジュカがどれほど頑張ったって、私の方がまだまともな魔法使いです。偉大なる我が主よ、私にはあなたの不安が理解できません。ジュカとミーアの間にある古よりの均衡は、今まで揺らいだ事がありません。今回の攻撃の何が危険だと言うのですか?』 『エクソダスが危険であるのだ。』魔術師は低く唸る様に言った。『彼は、言わばこの世界にあってはならぬ存在。私は、奴が古よりの均衡を忌まわしく思うだろう事を恐れているのだ。厳しい冬は間近だ、我が子よ、ジュカが我々を打ち倒せば、我々は破滅に直面するだろう。我々は恐らく生き残れないだろうと、私は危惧しておるのだ。』 その一言を聞いた瞬間、ダーシャはアドラナスの重ねた年齢が、彼を弱気にしているのだろうと考えた。伝説ですら時が経つにつれて色褪せていく運命にあるのだ。妖しい優雅さを纏いつつ、彼女は老魔術師の部屋を辞して、森へ戻っていった。そこでは彼女の同志達が、彼らの魔法の故郷を守る為に集まりつつあった。彼女は、アドラナスの予言を忘れようとした。それは老いぼれた頭の生んだ妄想に過ぎないと。 遥か昔に先祖達は、年輩の者の忠告を無視してはならないと、子孫達に警告を残していった。しかし、ダーシャや同志の戦士達には、その教訓が故郷を滅ぼすものにしか思えなかった。 恐怖は故郷に迫り来る火の壁である。防衛戦を戦っている間、ミーア達は同時に二つの敵と戦っていた。ジュカの戦士の執拗な猛攻撃と、彼らが放った怒り狂う炎だ。ジュカの軍は、地獄の大火を消そうとするミーア勢の、全ての努力を退けた。太陽は黒い煙の嵐の向こうに見えなくなった。ダーシャは恐怖を覚えながら、起こっている事を把握した。攻撃目標は城ではないのだ。ジュカの指導者であるウォーロード・ケイバーは古代の森その物を焼き払おうとしていたのだ。それはダーシャが知るジュカの誇りを大きく傷つける禁忌だった。 敗北は、灼熱の赤い炎と灰や燃え殻の吹雪の姿を取りやって来た。ミーアが崩壊した要塞を放棄すると、ジュカの軍勢が煙の中から現われ、ミーアをまるで朽ちかけた木を切り倒す様に打ち倒していった。ダーシャは、大虐殺が青々と茂る森の大地を蹂躙する中、生存者と共に逃げ出した。その森は百年の間、彼女の故郷だった。それは一週間たらずの内に消滅したのだ。 彼女と同志の戦士達は、長老達の救出に成功した。この様な状態になってさえ、魔法での復讐をと考える者もいた。しかし、ダーシャは違った怒りを抱いていた。目眩がする様な憂鬱さを感じた途端、彼女の黒曜石の様に黒い目が鋭さを増した。何を為すべきかを知ったのだ。 アドラナスは正しかった。彼はエクソダスが想像もつかない様な魔術によって、ジュカ達を蝕んで行ったと言っていた。敵に対抗する作戦を練る為には、ジュカに何が起こったのか知る必要があった。それは彼女が、ジュカの指導者であるウォーロード・ケイバー自身に問い質すべき事だった。顔を突き合わせて、説明を求めるだろう。もし、満足行く回答を得なければ、剣を突き合わせる事になるであろう。 そうなれば、自分は満足できると彼女は知っていた。そして長老達は、今度はジュカの上に虐殺を降り注ぎ、永遠の均衡はまた新たに明らかにされるだろう。それが、脇道にそれ得ない歴史の正しい道筋という物だ。それを祖先達は、はるかな世代の昔から予見していた。ここにおいて、それを為す以外の選択肢がないのなら、ダーシャが迷うことは何も無かった。 5:27 2017/05/23
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by horibaka
| 2017-03-27 05:26
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