レクイエム【3】 |
第3章 友達 アンディは本好きだった。 絵本のページを開いては、次々とエマに質問した。 「コレハ、ナニ?」 そのページには、二人の子供が遊んでいる絵が描いてあった。 「それは、子供と子供。二人は友達なの」 「友達トハ、ナニ?」 「よく分からないわ」無表情ながらも、声はさすがに飽きていた。 「仲良し、ってことかな」 アンディはしばらく考え込むように黙っていた。それからゆっくり と、試すような口調で言った。 「ワタシト、エマ。友達?」 「そうねえ。友達かなあ」 「ワタシ、エマノ友達」 「うんうん」エマの表情が少し明るくなったように見えたのは、窓 から斜めにさす午後の陽射しの加減のせいだったのかも知れない。 「友達はね、助けあうのよ」 「友達ダカラ」 アンディは人間の文字も容易に覚えてしまった。エマの持ってきた 絵本はすぐに読み尽くして、他の本を読みたがった。 ある日、祖父が手紙を出してくると言って珍しく外出している隙に、 エマは〈望遠鏡〉の地下の書庫への階段を下りて行った。 ランタンをかざすと書庫の入口の上に刻まれたロイヤルガードの紋 章が見えた。ここがライキュームの施設ではなく、実は軍の施設で あることを知っている者は少なかった。 エマは書庫の棚から歴史や文化に関係ありそうなタイトルを探して いつも引きずっている大人用の大きなカバンに入れていった。 書庫の壁にはたくさんの肖像画がかけられていた。そこに描かれて いるのは、どれも祖父と同じように学士のローブを着て、同じよう に高齢な老人たちばかりだった。一枚をのぞいて。 いちばん端のその絵には、まだ若い男が描かれていた。普段着姿で、 優しそうな顔に水色の髪。腕には小さい女の子を抱いている。 すでに世を去った代々の肖像たちが見守る中、エマは黙々と本を物 色していった。 ◆ 身体が回復して歩けるようになると、アンディは外に出たがった。 森の外れまで来ると、彼はエマに、見ていろというようにウィンク をして、ポリモーフの魔法の呪文(スペル)を詠唱した。 ぼんっ!という音がして、ガーゴイルは人間の姿に変身した。 「ドウダ? ワタシ、人間ニ見エルカ?」 変身は、ある一点を除いて完璧だった。 人間の姿に変身したガーゴイルには頭髪がなく、2本の角が残った ままだった。エマはアンディの頭に布を巻いてターバンにした。 エマが先に立って、二人はのどかな村の道を歩いた。 人の姿に変身していても、背の高いアンディのターバン姿は田舎の 路上ではかなり目立った。だが港に近いこのあたりには外国の旅行 者が訪問することも多く、二人を見咎める者はいなかった。 彼女は少し大胆になり、アンディを連れて村の魔法屋に入った。 顔見知りの魔法職人の親方は「やあ、エマ」と言ったあと、入口に 頭をぶつけたアンディに目をやった。「そのでかいのは誰だい?」 「ワタシ、友達ダカラ」 「おじいさんのお客さんなの」挨拶をしようとするアンディを遮っ て、エマは話題を変えた。「商売はどう?」 「ぼちぼちだな。さっきも、うちで買ったアクセが不良品じゃない かって文句を言いに来た客がいてな。リコールを唱えたのに、何も 起きなかったんだと言いやがる」 「それで?」 「ここでもう一回やらせてみたら、問題なくどっかへ飛んで行って それっきりさ。どうせ何かがブロックしてたんだろうよ」 「ねね。今日は、いいものある?」 「いつもの箱の。好きなのを持っていっていいよ」 店内には高価なアクセの陳列ケースや、魔道ワンド、秘薬セットの 袋などが所狭しと置かれていた。その隅に”いつもの箱”があった。 中に入っているのは売り物にならない半端なプロパティのアクセ類 だった。どれもゴミ同然の代物だが、エマが魔法の練習で使うくら いの用には足りた。彼女が親方を真似て、ひとつひとつ手にとって は片目をつぶって透かし見て品定めする様子を、親方は仕事の手を 休めて笑いながら見ていた。 「ワタシ、練成デキルヨ」アンディが得意そうに言いだした。 「ソウルフォージハ、ドコデスカ」 「なんだい、そりゃ」親方は疑わしげな目つきでアンディを見た。 「フォージなら鍛冶屋にあるだろ。ここは魔法屋だぜ」 アンディがなおも何か言いかけたので、エマは彼の足を踏みつけた。 もう帰らなくちゃと言って、アンディの背中を押して店の外に押し 出した。 夜、エマが家に帰っている間、森の中の小屋でアンディは手のひら にのせた小さな水晶球を見つめていた。 それは彼がローブの中の隠しポケットに入れてこの世界に持ってき た道具のひとつだった。 水晶球の中では、森で彼が眼を覚ましてからの出来事が小さな映像 になって早送りされていた。彼は時々映像を止めて、水晶に向かっ て小声で注釈を吹き込んだ。魔法屋のシーンでは、彼はガーゴイル 族の言葉でこう言った。「人間ハ、マダ練成ヲ知ラナイ」 映像がエマのアップになって停止した。人形のように整った顔立ち、 だがその顔にはどんな表情も浮かんでいない。 アンディは、しばらくの間その映像を見つめ続けた。 それから彼が手を握り、また開くと水晶球は別の映像を映した。 それはガーゴイルの子供のポートレートだった。まだ幼いガーゴイ ルが無邪気な表情で見る者に笑いかけている。 アンディは、エマが置いていった絵本の一冊を手にとった。 開いたページには、珍妙な帽子を被った道化師がおかしなポーズで 人々を笑わせている絵があった。 次の日、小屋に戻ったエマは戸口を入ったところで立ち止まった。 アンディは、夜の間にありあわせのものでつくった道化帽らしきも のを頭にのせ、絵本の道化師と同じポーズで立っていた。 小屋の中にしばし、恐ろしい沈黙が流れた。 「もしかして、あたしを笑わせようとしてる?」 ガーゴイルは道化のポーズのまま、こくこくと頷いた。 「友達ダカラ」 「ありがとう、すっごく面白いお」 いつもと同じ無表情な棒読みの声でエマが言った。 (この物語はフィクションです。登場するキャラは架空のもので、 物語の設定は実際のUOの設定には必ずしも準拠していません) |
by horibaka
| 2010-12-25 12:42
| その他
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